2 文豪グルメ 短編集【文スト】

与謝野晶子　苺大福 ページ30

「センセ、晶子センセイ。朝ですよ」

「……急患かイ？」

「いやいや、今日はお休みです」


　軋むベッドの上、寝ぼけ眼の与謝野の隣で目覚めたAがとろんとした声で話しかけてきて、小さく笑っていた。

　柔らかな風に落ち葉が微かな音をあげ、涼やかな日の始まりを告げている。


「起きたくないねェ」

「のんびりしましょうかね」


　寝返りを打った彼女に、細く差し込む光が当たり、白い肌に反射した。

　綺麗。
　見惚れて、しまう。


「私が探偵社さんに入れれば、もっとセンセイのお手伝いが出来るのに」

「アンタは駄目だよ。ここで、妾の帰りを待ッていてくれれば、それで良い」


　笑い合い、手を繋いだ。
　温かくて、暖かい。

　ふぅ、と与謝野の吐息が響く。


「何も食べず、外にも出ず、Aとゴロゴロしていたいのは確かだよ」

「ですねえ」


　そう、賛同したのだが。


　伸ばされた手で頭を撫でられ、Aを引き寄せた彼女を見詰めて――


　真っ白で柔らかい肌、
　赤く染まった頬、
　吸い込まれそうな瞳、


　湧き上がる愛おしい感情の中、それとはかなり場違いな、空腹の音が鳴った。


「…………」

「…………ッくく、ふ」


　晶子センセイは笑いを堪えている。私は恥ずかしくなり、熱くなった顔をその胸に埋めた。


「フフ……どうしたんだイ？A」

「えっと……」


　小さな声がする。ゆっくり、時間をかけて、永遠に聞いていたいその音、雰囲気。


「センセイ見てたら――苺大福、食べたくなっちゃった……」

「……幾分も解らないよ」


　与謝野は笑う。
　今日もAが可愛いと。


「香り豊かな餅と甘酸っぱい苺が、何故出会えたのか、不思議でならないくらいの美味しさなのです」

「そう言えば、好きだったね」

「いくらでも食べられます」


　貴方と、同じ様に。

　
「……しょうがないねェ」


　与謝野は起き上がった。
　眩しい、でも、心地よい。


「和菓子は、作るのも食べるのも得意分野さ」

「存じておりますとも」


　対に、Aはシーツに沈んで行く。さっき、妾を手伝いたいと言っていたのに。

　金製の蝶の髪飾りを付け、優しく笑む。


「困ッた患者だね」

「へへへっ」


　また、頬に触れた。
　

「苺大福……柔らかくて、甘いの」

「任せな」


　その額に、口付けた。


　広がっていく、甘い感情、そして――

福沢諭吉　　秋刀魚→←泉鏡花　　　サイダーゼリー

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す