2 文豪グルメ 短編集【文スト】

芥川龍之介　鋤焼【雪ノ葉様Req.】 ページ10

※実在の芥川龍之介も愛した、文京区は江知勝のすき焼き。本編と内容が異なります。



「付き合ってくれてありがとう、芥川君。此の店、今度閉店しちゃうそうだから……」


　澄ました顔で、彼は鍋前に鎮座している。
　鍋は二つある。特別に、最後の願いとして。


「…………」

「では早速」


　特上霜降り牛、白菜・葱・春菊、他季節の野菜、椎茸や豆腐、割下。
　そして、砂糖と醤油。


「本当は関東風の方しかないんだけど、此処の肉で、関西風も食べたくなっちゃって」

「………」


　まず、各々の鍋に牛脂を敷いた。
　そして各々の鍋に肉と葱を撒き、焼き始め、


　片方には上から砂糖と醤油を振り掛け。
　片方には割下、野菜と肉、焼き豆腐等を入れていく。


　改めて凄い図。
　東西のすき焼きが、一つの部屋にあるとは。個室で良かった、他の客がいたら絶対しばかれる。


「じゃあまず、関西風のお肉から」


　卵を掻き混ぜ、良い加減に赤色の残った肉に葱を巻き、卵に潜らせ、一口で入れると。


「……んんんっ」


　溶けた！

　甘いタレが染み込んだ牛と葱に卵が絡んで至高の美味さ！肉質が良い、しつこくない！

　もうほんと、生きてて良かった！


　そして関西風の方にも野菜をだばっと、エノキや葛切りを入れ、煮込み始めた。


「割下は入れないのですか？」


　やっと口を開いたと思えば質問だった。


「野菜から水分が出るんだよ。ていうかお食べよ」


　促され、芥川はやっと箸をつけた。関西風の肉は初めてだったらしい。その漆黒の目が開かれた。


「焼いただけも美味しいよね。ゆっくり食べなよ……さて」


　くつくつと良い頃合いの関東風すき焼き。焼き豆腐、白滝、白菜、椎茸、そして肉。

　こだわりの香りがする。

　割下を吸い込んだ牛はふわふわ、しんなりした野菜に合う！

　はふはふと、止まらない！


　関西風の方も良い頃合いで、此れは卵が足りない！
　此処はよもや、すき焼き天国である！


「美味しい？」

「はい、とても」

「そっか」


　芥川君も美味しいと言ってくれたのが嬉しくて、


　美味しくて、


　美味しくて。


「………」

「Aさん」


　その涙を、
　彼は拭ってくれた。


「旨いですよ」

「うん」


　Aは笑った。


「すき焼きは、やっぱり美味しいね」


　心に刻み込まれる、優しい味。


「また共に、頂きましょう」

「うん、約束」


　店は消えても、
　その味は、思い出は、消えない。

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