2 文豪グルメ 短編集【文スト】

太宰治　　　桃酒 ページ4

「あー…………」

　
　Aはぐでんとなっている。
　岩に囲まれ、季節の花が見える大きな露天風呂に浸かっていて。

　ほぼ貸切状態の、白濁した湯の中でのんびりしていると。


　ん？何か……当たった？

　すくってみれば、
　それは真っ白な包帯で。


「やあA、良い湯加減だね」

「きゃあ太宰さん！？」


　笑顔の悪魔がそこにいた。


「な、なぜ太宰さんが……」

「あーうん、貸切だし、いいかなって。あとここ混浴」

「嘘……なんか……すみません……」

「えー全然いいのに、寧ろラッキー？」


　困惑気味のAに対し、太宰は楽しそう。


「じゃあ驚かせちゃったお詫びとして、此方でもどうだろう」


　そう言って、浮いている桶を引き寄せると。


「とっても美味しい、桃のお酒なんだけど」

「え！こ、これは、幻の……銘酒！」


　途端に、彼へ渦巻いていた様々な感情が一瞬にして消え、

　白いボトルに入ったピンク色。
　そして青い切子のお猪口が二つ。

　お猪口を持ち、興奮気味に、注いでくださいと催促すれば、

　傾けたボトルから滑らかに流れる桃酒。ふわりと甘い香り。

　そして、くいっと一杯、Aは満面の笑みとなった。


「冷えっ冷えー……美味しーい！」


　この甘さが堪らない！
　すっきりとした味わいに、後からくるコク、香り付けの檸檬が爽やかで。


「果実感が凄い！」

「半年以上は漬け込んでるんだって」

「ほらほら、太宰さんも」

「ありがとー」


　彼のお猪口にも、表面張力すれすれまで注ぎ、乾杯する。


「ー度やってみたかったんですよ、温泉浸かりながら呑むの！」

「それは良かったねえ」


　粗ごしの桃がたまに舌に当たる。アルコール度数高めなのに、これは大変。

　
「桃は、長寿の実と呼ばれるそうですよ。太宰さんには縁遠い……」

「……A、お酒入るとちょっと強気になるよね？」


　えへへ。
　なんだか悪戯したい気分、アルコールは危ないなあ。


「太宰さん、意外と胸板厚いんですね」

「意外と！」


　ぐぬぬ、と悔しそうな顔をする彼に、小さくニヤニヤと笑う。



　そして。


「A」


　お猪口を置いた彼が。


「ちゃんと、確かめてよ」


　気が付けば、近くに。
　逃げ場はなくて。


「ねえA、触って……？」


　顔の赤い彼と、


　きっと、私も。


　生緩い湯と、涼しい風と、
　桃の甘みと、触れ合う肌の体温。


　二人共に、とろけていく……――

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