治癒の異能を持つ少女はポートマフィアに愛される【文スト】

19　雨、背中 ページ20

筧Aはため息をついた。


　篠突く雨の中、食堂で一人、紙面に書き込みをしている。

　
　内容は、


　誰に何の歌をどれくらい歌ったか、
　いつ何処で、
　何の治療をしたか、
　対価は何だったか、どれ位だったか、
　というただの報告書。


　まあ、五時間以上歌うとトランス状態になってしまい、記憶は無くなるので、それは省くが。

　未だに芥川さんの十五時間を超える者はいない。


　入った時とやることは変わっていないが、肩書きだけは変わってしまった。


　それはそれとして。


　書く量がとても多い。


　みんな凄い怪我してくるなぁ。
　勿論、どんな大怪我でも治すけど、無理はしないで欲しいなあ。


　そんな彼女の背後、少し離れた柱の影に立つ者一人。


「………………」


　咳をしないよう、精一杯身体を落ち着けさせている。
　彼――芥川龍之介は、Aの動向を伺う。


　治癒されたあの日から、一言も御礼を云ってないことを、なぜか気にしていた。


　いつもならそんなこと気にしないのに。


　この感情が、分からない。


　Aは唸り、首を傾げる。
　横髪がサラリと落ちた。その髪をスルリと耳にかける。たおやかな横顔が見えた。


　鼓動。


　なんだこれは。
　なんだこれは。


　突然の衝動に、彼は踵を返した。
　彼女に話しかけるのは、なにか嫌だと感じたから。


　こんなみっともない姿を、
　見せたくないから――。


　芥川は静かに、任務に向かった。

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