【文スト】虫愛づる花嫁【小栗虫太郎】

44　無くなった記憶 ページ44

「却説」


　小栗虫太郎は全てが解ったが故に、
　この本の世界を総て把握したから。



「いいか貴様」



　だからあの執事は、


　今、俺の靴の下に、
　地面に伏せている。



「我が花嫁に働いたその狼藉、生涯後悔させてやろう」



　屋敷の地図を理解し、執事の行き先も分かったので、
　先回りし、隙を見て、襲撃、


　俺自身、戦闘は得意では無いが、頭を使えば其れ以上の事など、


　罪を犯す人間の心理を理解するなど、謎解きよりも容易い事だ。
　


「……もう彼女は、あの婚約者殿の馬車の中」



　何十発か、殴りつけた。



　此の計画には壮大な金と権力が動いている……だとか
　やっと此の一執事の地位を得て……だとか
　お嬢様の枷となるモノは全て排除出来たのに……だとか



　色々弁じていた。



　心底、どうでも良かった。



　百発程殴りたかったが、腕が疲れたので、止めた。



「嗚呼、やっと……帰れる」



　込み上げてくる感情を昇天させた。
　笑みが溢れて止まらない。



「この世界に、私が居る必要は、もう無い」



　さあ、帰ろう。



「この事件の犯人は……」



　終焉は、静かに
　真実は、呆気なく
　後書きすら、必要ない



　光に、



　包まれる



















　目を覚ました。


　ここは……？



　う、動いてる……馬車？
　どうして、体、動かない！


　重い身体を起こして、


　微かに残る薬の匂いに朦朧としながらも。


　っ、い！


　蹴り上げた。


　出れた、かばん？
　なんの？
　そんな、ことより、


　よく、わからないけれど、


　逃げなきゃ、
　逃げなきゃ、


　あ


　光




　暗い馬車に走る、小さな一筋の光




　手を伸ばして、
　引っ張る



　震える腕に力を込めて、


　何度も、何度も、


　やっと


　裂けて、
　ビリビリ、もっと大きな光


　風


　クラクラする意識の中で、



「………………」



　夢中で、


　飛び込んだ




　・


　・

　・




　宙に浮いた、


　月、夜、



　回っている




　星



　きらめいて、



　草、木、

　森ーーーー




　ーーーー地面









　痛っ……ぃ









　遠のいていく音





　身体のかんかくが




　きえていく





　ああ



　かれと



　はなしがしたい





「………………」





　あたまのなかは
　まっしろに




「…………」




　わたしはやみに




　なにもないせかいに




　おちていく

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