【文スト】虫愛づる花嫁【小栗虫太郎】

33　朝 ページ33

「............」


　重い瞼を開けて、目を覚ます。
　シンとした部屋、カーテンの向こうは朝なのだろうが、暗くて判らなくて、心地よい。


　まだ眠いから、このまま横になって、蚕になって、楽になっていたいけど、まあ、起きなければ。


　でも。


「......またかー」


　重い上体を起こそうとして、でも、先生の腕が邪魔で起き上がれない。
　虫太郎先生は私の事を、抱き枕か何かだと思っているらしく、ぎゅぅっと離さないのである。


　だからか、一昨日より、昨日より、起きる時間が遅くなっている。


「んー」


　蚕になりたいとは云ったけど、二人でなったらダブル繭でレアですねー。


「もー、甘えん坊さんだなー、少しだけ......お待ちくださいね」


　ゆっくり体をくねらせて背中を這いずり、やっとの事で、やんわりと腕を抜けた。時間がとても掛かった。


「はえー」


　一寸疲れて、一呼吸。
　やっと背伸びをし、寝台からゆったり立ち上がる。


「せんせーから解放されたら、寒いぃ」


　小さく震える体を両手で押さえた。


　この館の主はいないのに、
　私は通常の時間に起きて、家政婦としての仕事をするのだ。


「主様達、お元気ですかねー」


　まあ別段其処まで気にならないが。


　ほぼ社交辞令みたいな台詞を云ってしまった。


　寝間着を脱いで、何時もの服を着る。
　布地の肌触りがとても良くて、着るとニコニコしてしまう。


「............」


　胸元のリボンを止めながら、彼の顔を見つめた。
　眉間に皺は無く、目も釣り上がっておらず、口もぐにゃぐにゃしていない、穏やかな寝顔。


　こーゆーとこ、虫っぽくないなー。


「せんせー、朝食は何がいーですか？」


　応える訳ないけれど。
　小さく笑み、離れた。


「ではまた後程ー」


　眠い目を擦り、欠伸を二回して、
　ゆっくりとした足取りで扉をそーっと開けて、


　閉まった扉の奥から、小さな足跡が遠のいていく。


「......は」


　彼は未だ、夢の中。


「A......んん」


　夢の中で、心地良く、揺蕩っていた。

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