【文スト】虫愛づる花嫁【小栗虫太郎】

02　とんでひにいる ページ2

「ま、また渾名を……？」

「未だお会いしてないですけどー」


　他の使用人を雇わない所を見ると、何かの御眼鏡に適った様だ。


　主であるポオにもお構い無しに振る舞うAは、か弱く綺麗な少女だが、妙に知識がある。


　かなり偏った方向に。


「よーし」


　その花の様な微笑みに、目を離さずにはいられない。


「本の虫ってことでー、紙魚目(しみもく)さんにしよーっと」

「ええぇ……」


　的確っぽいが、一寸引く。Aは欠伸をした。


「それは可哀想……本食べちゃってるのである」

「何ですかー、もっといいのあるんですかー？」

「あ、いえ、唯一の、名前であるよ……」


　アワアワする主を後目に深くお辞儀をし、上質で洗練されたコットンリネン製のメイド服の裾を翻すと、Aは部屋の扉に手を掛けた。


「じゃ、準備してきますねー。原稿と、墨と、羽根ペンと、沢山の本」

「推理小説系多めでお願いします……」

「はーい」


　これは、小栗虫太郎がやってくる前日譚。


　友を亡くし、
　裏切られ、傷付けられ、
　囚われの身となり、
　命からがら牢を破り、


　そして最後に辿り着いた此処で。


「あら、回虫む……カールさん、どうしましたー？」


　この肩にのってくる愛らしいモフモフにさえ、一目で虫の渾名を付けてしまう風変わりな使用人と、


　尊大で不遜、疑り深く神経質な隠滅屋。


「どんな方でしょうねー、
　どんな文字を、書くのでしょうねー」


　花と虫の、
　奇妙に心地好い、
　宵の調べーー

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