織田作之助と真っ白な頁の波に漂う【文スト】

09　文字 ページ9

「本、出してるのか？」


　だから。


「何冊か……でも、それっきり……」


　だからもう、聞かない事にした。


「A」


　著者名、本の題名、内容、何時もどうしているのかーー今、彼女の、小説家についての事は。


「この本だが」

「え？あ、はい！」
　

　唐突に白い本の話になって、Aはかなりキョドった様だが、彼は気にせず言葉を紡いだ。

　
「オレも読む」

「はぇ」


　そして手渡す。


「何時でも善い。読み終わったら、貸してくれ」


　手の中の本は、何時もと同じ、真っ白。


「あ……ぁ、は、はい」


　吃驚顔で腑に落ちていない声、それでも。


　それでも彼女とする、約束。


「………………」

「…………」


　彼は、


　織田作さんは、


　どうしてそんな事云ってくれるのだろう、
　とAは逡巡した。


「…………」


　小説家の事、もう聞いて来ないみたい。


　私、嫌な顔してたのかな。
　受け応え、悪かったかな。


「どうした」


　でも直ぐ、不思議と。


「………えっと」


　其の顔を見たら、
　其の声を聞いたら。


「…………はい………………」


　幾らか、


　幾らか、
　善い気分、な、気がする。


「…………」

「……ぁ、じゃぁ」


　彼がこんなに、
　扶けて、くれるのだ、から。
　

「じゃあ」


　Aはペンを取った。
　織田はそれを目で追う。


「…………」


　さらさらと、その白の頁に書いていく。



【最後まで読めます様に。 A】



　反対側からでも読めた、
　綺麗な字。


「…………」


　あぁ、先刻より元気になったな、と織田は思った。


「織田作さん、何か書きますか？」

「…………」


　そして聞かれた。


　其れは、
　カレェを食べる前に、聞いた言葉だ。


「夢とか願い、ありますか？」


　夢。


　そんなモノとは、無縁の世界にいるのに。


　願い。


　そんなモノとは、無縁の世界にいるのに。


「…………………」

「………」

「……海の見える部屋で」

「はいはい」


　気付けば、
　口走っていたが。


「…………いや……いい」


　Aを、見た。


「えぇえ、書いちゃいましたよ、そこまで」


【海の見える部屋で】


　その文字の並んだ白い頁を、


　湯気立ち上る珈琲を。


「お前が読み終えたら、続きを書いてくれ」


　決して交わることの無いその景色を見ながら、


「はぁ」

「………………」


　暫く店内の喧騒に、
　織田は身を任せた。

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