織田作之助と真っ白な頁の波に漂う【文スト】

25　壁 ページ25

会えなかった。


「今日はお仕事、長引いたのかな」


　もう喫茶店は何処も閉まっている。


　月明かりの道を歩くAは、視線が少し下がっている。


「…………」


　別段、毎日会う約束はしていない。
　別段、毎日会う義務などない。


「眠いな……」


　早く帰ろう。


　早く帰って、横になれば……




「え？」




　後ろから、手を、掴、まれ、た？




「！」



　直感。
　直ぐに手を振り解き、


　力を振り絞って、走り出す。


「ひ、ぃ」


　闇夜から響いてくる。


　待てよぉ。
　遊ぼうよぉ。


　知らない男たちの、身の震え上がる声が追いかけて来る。


　暗い路地を走った。
　冷たい汗と恐怖が、全身を駆け巡っているのに。


　なのに。


　こんな一大事なのに、頭の中は駆け巡る。



　わぁあ！


　これが追い掛けられてる人の心情かぁ！
　描写する時はもう少し誇張しようかなぁ！



　職業病？


　いや、多分現実逃避。


　小説だったら、ヒロインの危機をヒーローが助けに来るのになぁ。


「事実は小説よりも」


　うん。



　だって私は、ヒロインじゃない。



　私は、




　私は。




　でも、





　今は、書き手にだってーーーー






「……ぁ、れ？」






　目の前が、壁だった。


「ぁ」


　それしか言葉が出てこない。
　頭の中は、空っぽで。


　そして容易く腕を、掴まれた。


　身体はもう、動かない。


「やめ……や、めて」


　僅かに絞り出した声は、そこで完全に枯れる。


　鞄は取り上げられ、
　肩や足は押さえ付けられ、


　耳に響く下卑た笑い、


　胸元の布地は、
　引き裂かれーー

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