忘却の人魚姫。

人魚姫　IX ページ10

「碧晴、それは恋よ！！」


Aとのことを話すと、興奮気味に「恋」だと言い張り、鼻を鳴らす母に碧晴は頭は大丈夫かとそこそこ真面目に心配になる。


「なんで、そうなるんだよ……」


「話してるだけで楽しいなんて恋に決まってるじゃない！！」


これだから女は嫌だ。
いやAも女なのだが……。
Aは少し不思議なことに、たまに性別がわからなくなるというか……。

碧晴は首を横に振る。
さすがにそれは失礼だ。


碧晴は夕飯を食べ終わり、箸を置き、「散歩」と言って家を出た。

まあ母には気付かれたかもしれないが、散歩というのはタダの口実だ。
Aに会いに行くための。


……それにしても、何故、Aは朝ではなく夜に会おうとするのだろうか？

Aは碧晴のことがもっと知りたい。だから会おうと言ったのだ。

しかし、この季節は夏で日中の方が時間が長いというのに昼間に会おうとはしない。

一度聞いてみたことはある。だが、


『昼間は嫌いなの』


の、一点張り。


『昼間が嫌い』それは嘘だと碧晴は思う。


(もし、昼間が嫌いで夜が好きだとしたら、どうしてあんなに悲しそうに夜の月を見るんだ────……)


碧晴がAに持つ唯一の疑問はそれだった。
何をどうしても解決できない、歯痒い疑問。

彼女は己の瞳の中に、いったいどのような世界を映し出しているのだろう……。

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