第四十六話 ページ48
「白樺の幹に穴を開けると、タッニ・ワッカが出てくる。春が近いと芽吹く準備のためにたくさん水を蓄えるからだ。これで傷を洗う。タッニ・ワッカは痛み止めと止血の効果がある。
あとは乾燥した松脂を火で炙り柔らかくして傷口に塗る。止血と化膿に効果がある。
ひとまずこれでいいだろう…朝になったらここを出るぞ。」
谷垣の足の治療を終える。村までは遠いので、その中間地点にあった小屋で一晩休んでいるところだ。
「本当にこいつを自分の村に連れて行くつもりなのか？」
「村なら他にもいろんな薬があるし、温かいチセの中にいたほうがいい」
「まあ、この人が復活したあと、鶴見に私たちのことを話さなければいいのですが…」
「置いていけ」
私たちの会話を聞いていたのだろう。谷垣は青い顔をしながらそうつぶやいた。
「俺は猟師だ。死ぬ時は俺も山で死ぬ」
「ホラ！本人もこういってることだし置いていこうぜ」
「谷垣…と言ったな？お前二瓶鉄造が入れ墨の囚人と知ってて行動してたのか？」
杉元さんの言葉に返事がない。その表情から見るに、恐らく知っていたのだろう。アシリパさんの顔が、曇って行く。
「まあ…俺の相棒がこの男を助けたいというなら邪魔しねーさ。もしそれが裏目に出るようであれば、今度は俺が相手をするまでだ。」
杉元さんのその言葉を聞くと、彼女の表情は次第に緩んでいった。
村へ来ると、恒例のお出迎えが私たちを待つ。
「シンナキサラ！！」
初めて白石を見たオソマは、彼の耳を指差していつもの言葉を言う。
「なに？」
「白石の耳が変だと言っているぞ。」
谷垣の担架を下ろすと、彼女の父親が彼を家へ運ぶ。
「アマッポにかかったって？それは大変だったなぁ」
家に入ると、彼の治療が始まる。
「頑張れよ。俺の友人にも第七師団で日露戦争に行ったアイヌが何人かいる。お前達の強さは聞いている。きっと良くなる」
「鹿肉もまだたくさんあるし、食事にしよう。」
出されたのは鹿肉の鍋ユクオハウ」だ。
「うんうんヒンナ！鹿肉は煮込んでもヒンナだぜ！」
「久しぶりに汁物を食べれて嬉しい。ずっと雪の中にいましたから」
「たしかにヒンナ」
ハフハフとかき込んでいると、突然アシリパさんが控えめな笑い声を上げる。杉元さんがその様子に気がつくと、彼女は笑いながら
「杉元……またオソマ入れなきゃいいけど…」
とつぶやいた。
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作者名：ほほいほい | 作成日時：2021年8月26日 23時
