第三十六話 ページ38
鹿を追いかけ進んでいくと、三つほど何かが通った後が雪の上に記されていた。
「別の鹿がたくさん通った足跡だ。手負いの鹿の足跡に混じってしまった。血の後を見失うな。手負いだから高いところまで登って逃げないだろう。あっちへ向かう足跡は無視しろ。歩きやすい沢を選ぶはずだ。」
「急がないと…」
鹿が苦しまないよう、杉元さんが焦っている。こうも焦っているとかえってまた仕留めて損ねる状況になってしまわないか正直心配だ。
「杉元…
そうだな……手負いのまま逃げ回ると肝臓がだめになって食べられなくなる。肉も熱を持って味が落ちる。」
「いや、アシリパさん。そういうことじゃ無いと思います。
***
「あのトドマツの下に入った足跡がある。手負いの鹿が潜んでいるにちがいない。」
アシリパさんが提案した作戦はこうだ。
アシリパさんと私がすぐそばの尾根を降りて鹿を追いかける。杉元さんは先回りして鹿を待ち伏せし、そこで撃って仕留める。
「降りる…この崖をですか？」
「行くぞナマエ、これを使って滑るんだ。」
彼女から渡されたのは先が割れた私の身長くらいありそうな木の枝のようなものだ。どう使うものかと考えていると、彼女は早速降りてしまった。
「え、ちょっと待ってください。これどうやって…」
人間の知恵と勇気には度々驚かされるものだ。
彼女は枝に乗っかり、手で枝を持って弓のような形にし、斜面を滑って降りているのだ。それもこの前の兵隊とは比にならないスピードでだ。私もここで立ち止まっているわけにもいかず、見様見真似で斜面へと降りる。
「このままうまく…え、あ、うわあああッ」
だがやはりうまくいかない。この棒の上でうまくバランスを取るのは難しく、崖下まで転がり落ちてしまった。幸い下は雪なので特に怪我はなく済んだのだが、鹿は無事に捕まえられたのだろうか。顔をあげても鹿は見つからない。
「すいませんアシリパさん。鹿は…？」
「杉元に気付いて反対側の急な斜面を登って逃げてしまった。まだこんな体力が残っていたなんて。強いオス鹿だ。」
私たちが目をつけたのはなかなか手強い鹿だったらしい。もうすぐ暗くなるので狩りの続行は不可能だ。トドマツを切り倒してそのまま屋根にし、空間を作る。今日はここで直接寝泊まりのようだ。
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作者名：ほほいほい | 作成日時：2021年8月26日 23時
