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──持つ?今、これを持つと言ったのか

一瞬、思考が停止して、Aの心中は歓喜に溢れた。ぜひとも交代してくれと植木鉢を押し付けそうになるが、その一歩は踏み止まる。善意で申し出ているとかそんな簡単な話ではないような気がした


「……有り難い提案ですが、これは私が先生に頼まれたことですので」

彼女がにこりと笑みを浮かべたのと男がいっそう笑みを深めたのは同時だった。それは良いことを聞きましたと、男の声は届かない。彼は残念そうに手を宙へ放って、けれど引くことはしなかった


「そうおっしゃらず。麗しき愛し子がそのような物を持っている姿を見かけて、放っておくわけにはいきませんから」


かつん、と靴音が響いた。一歩一歩と男が距離を縮めいく
Aはどう返すべきかを迷って縮まっていく距離を眺めていたが、男の手が鉢へ伸びると、それをするりと避けた

「おや」と彼は瞬く。Aはもう一度、優雅な笑みを浮かべた


「お気遣い、ありがとうございます。でもやっぱり、大丈夫です」

ではと会釈をして背を向ける
なんとか重い鉢を片手で抱え、先程よりも早足であと数歩の距離であった植物園の扉へ手を伸ばしたが、その華奢な手が把手を掴むよりも早く、彼女よりも幾らか武骨な男の手がそちらへ伸びた

キィ─と油の足りぬドアクローザーが音を立てる


Aは斜め上を見た。そこには、己の肩上から手を伸ばして把手を掴む先程と同じ男が、やはり笑みを浮かべて立っていた

「無理に片手で抱えるなんて、意地を張るべきではありませんよ」

「───」

彼女は顔を下げる。男同様に把手へ伸ばして、しかし届くことのなかった手を下げて、植木鉢に添えた。重量を確かめ安定させるように両手に抱え直す
藍色の髪のひと束が肩から流れ落ちた。上から見下ろしている男からは、彼女の瞳は見えなかった

何か言いたげに唇が薄く開かれたが音を刻むことはなく、また閉じられる。そしてもう一度こちらを見て、朝焼け色の瞳が顔を出した


「どうも、ありがとうございます」

扉を代わりに開けたことへの礼だろうが、告げられた言葉はあまりに無愛想なものだった。見えた朝焼けはすぐに閉じられる
男の「お易い御用です」との返事を待たずして、彼女はその扉から当然のように園内へ歩を進めだした

78・→←76・彼こそは商売人



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藤宮(プロフ) - 紅さん» ありがとうございます〜!この小説をどうぞよろしくお願いします! (8月17日 23時) (レス) id: 70681114dc (このIDを非表示/違反報告)
- とっても面白いです!!続き楽しみにしてます! (8月12日 0時) (レス) @page25 id: b3496c9ef0 (このIDを非表示/違反報告)
藤宮(プロフ) - 晏昊さん» ありがとうございます。長らくお待たせしましたが亀更新で頑張ります〜! (2023年3月6日 0時) (レス) @page21 id: 73feed36fe (このIDを非表示/違反報告)
晏昊 - 好きすぎて一気見しちゃいましたw続きがすごく気になります!頑張ってください!待ってま〜す!!! (2022年5月3日 1時) (レス) @page21 id: 92be24dccc (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:藤宮 | 作成日時:2022年1月5日 2時

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