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「何をニヤニヤしているんです?」
面白がるような声音で、白馬は車内の沈黙を破った。
「ん〜、ちょっと夏休み明けのあの日思い出しちゃってさ。あん時の私も可愛いもんよね。芝居掛かった台詞に照れるだなんて」
実を言えば、Aは付き合って数ヶ月経つ今も慣れてはいないし言われる度に赤面してしまう。
誤魔化すように自虐的にそう言えば、白馬はまた少し上の返答をする。
「貴女は今もあの時もとても可愛らしいですよ?それに、英国紳士たるものレディを褒めるのは至極当然のことです」
窓枠に頬杖をついて頭を傾け、口の片端をあげてニヤッとした。己の魅力がよく引き出される仕草であることをよくわかっている所作だった。
「おや、着いたようですね」
そうこうする内に、車は杯戸ホテルのエントランスについた。
「お手をどうぞ」
先に後部座席から降りた白馬は片手を差し出し、自然な流れででエスコートする。
年不相応な優雅さだった。
***
今まで二人は、デートはお互いの趣味に合わせて様々なところで行ってきた。というより、そもそも各々が普段過ごす場所が違いすぎたから交互に相手のテリトリーを見学してみるという感じに近い。
Aは何度か白馬御用達のお店に連れて行ってもらっていたし、ある程度はお金持ちの趣味も少しずつ理解し始めた、と自分では思っていた。
が、そうでもなかったらしい。
「ええっと……三つ星イタリアンてみんなこんな感じなの?」
「まさか。僕もこんなものを見たのは初めてですよ。なんなんです、コレは」
予め用意されたレストランの個室へとウェイターに案内され、ウェイターが出て行ってドアを閉めた途端に部屋に響いた、カチャンという錠が閉まる音。
ドアに貼られた模造紙と、そこに書かれた雑な文字。
マホガニーのテーブルと椅子でまとめられた上品な室内で、異質な存在感を放っていたソレに書かれた文を読んだ二人の会話が、先のものだった。
「大体、どう意味なんでしょうか。“今思いつく中で一番の贅沢をしないと出られない部屋”、とは」
Aはノブをひねったりするのに夢中で、その問いかけを無視した。
ドアがダメだと分かると、次は窓へ。東都タワーが目の前にそびえ立っていて、オレンジ色の涼しげな光が部屋に投げかけられていた。
「……まぁいいでしょう。やってやろうではありませんか。どうやら、実行しないとスープにすらありつけ無いようですしね」
窓もダメと分かり、脱出を諦めたAもそれに同意した。
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桜(プロフ) - 全部面白い!続き読んで見たいです!皆さん、頑張って下さい! (2018年9月24日 20時) (レス) id: 4b63d11e04 (このIDを非表示/違反報告)
i(プロフ) - 正直、どストライクです…!時間ごとにそれぞれの贅沢が詰め込まれていて、読んだことのない作品の主人公にもとても惹かれるものがありました。また時間を見つけて全ての作品を読ませていただきます。この上なく贅沢な時間をありがとうございました。 (2018年9月24日 17時) (レス) id: 4ee63399c0 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:SNYZ | 作者ホームページ:https://twitter.com/nnn_zcn
作成日時:2018年9月24日 16時