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海本(かいもと)Aは苛ついていた。意志の固そうな三白眼の男に掴まれた右腕がジンジンと痛い。下心なしで男に触られたことなんていつぶりだろうか。


「さいあく」


 無造作に髪をかきあげる。雨で湿った髪の毛が、手に絡みついてくる感触に苛立ちが増した。水溜まりを勢いよく弾けさせながら、撥水性のいいローファーを泥水で汚していく。

 横断歩道を抜けた先、裏通りを一つ二つ入ったところ。錆びた鉄の階段が寒々しいボロアパートが黒猫の住処であった。











「……うわ」


 雨に濡れてすっかり色が変わってしまったグレーのパーカーを脱いだ時、姿見に映った首もとに綺麗とは言い難い赤い模様がついているのを見て、Aは心底嫌悪の混じる声を出した。途端に脳裏を掠めるのは、繁華街で会った眼鏡の男のギョッとしたような顔だ。

 見られた。これは確実に。

 別に、身体を売っているわけではない。実際のところはほとんどそれに等しいのだが、紙一重でなんとか売ってはいない。健全か不健全かと言われたら間違いなくこれは不健全だろうし、自分が清廉潔白な人間であるかと問われたら答えは悩むまでもなくノーだ。

Aはポケットに突っ込んだままだった茶封筒に手を伸ばすと、その中身を確認してまた戻す。天は人の上に人を造らず、と説いた封筒の中で眠るAの最愛の彼には悪いが、彼女の居場所はいつも男の下だ。

 どこで間違えたのか、と辿ればAはなにも間違えてなどいないのだろう。ただ、彼女は独りきりで生きていく手段を誰にも教えられないまま、同年代の子ども達よりも一足先に大人になってしまっただけなのだ。

 その少女は、春を売って明日を買っている。

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(プロフ) - 全部面白い!続き読んで見たいです!皆さん、頑張って下さい! (2018年9月24日 20時) (レス) id: 4b63d11e04 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - 正直、どストライクです…!時間ごとにそれぞれの贅沢が詰め込まれていて、読んだことのない作品の主人公にもとても惹かれるものがありました。また時間を見つけて全ての作品を読ませていただきます。この上なく贅沢な時間をありがとうございました。 (2018年9月24日 17時) (レス) id: 4ee63399c0 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:SNYZ | 作者ホームページ:https://twitter.com/nnn_zcn  
作成日時:2018年9月24日 16時

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