【ヒプノシスマイク短編集】惑溺

83.多忙芸人・恋人公表(白膠木簓) ページ35

ー

俺はゴールデン番組のレギュラーを掴み取った。しかも生放送の。毎日劇場や営業や収録を回って馬車馬のように働く。楽屋でもそもそと弁当を食べて、スタジオでエピソードトーク。
あーーーー。おかしくなりそうや。A。A。A。早く会ってぎゅってしてほしい。早く、仕事辞めて一生ふたりで暮らせるぐらいの金稼がなあかんなあ。気が遠くなって、携帯の画像フォルダをめぐる。
……
『白膠木くんは？彼女いるの？』
『そうですねえ。いますよ。同棲してます』
客席の方から女の悲鳴が聞こえる。女人気なんか、この際地に落ちたって構わない。マネージャーにも隠してた俺のカノジョ。週刊誌にすっぱ抜かれることもない俺のカノジョ。大好きなA。
『ほほ〜。じゃあ白膠木くんから彼女さんへ、愛の言葉をどうぞ！』

『Aちゃん。』(きみはこんな番組見てないやろうな。)
(携帯の隠し場所を見つけて、どっかに連絡しようとしとる頃やろか。)
(でもそんなこと許さんから。)
『愛してるでえ！』(今から帰るからな。)

「Aちゃん。ただいま」
「ぁ、お、おかえり」
声をかけるだけで震えるAがかわいい。よしよしって頭を撫でて、頬の痣にさわる。ああ、似つかわしくない、青紫。きれい。きれいなあ。
「なあ、俺なあ、Aちゃんのことテレビで言っちゃった。」
「えっ、」
「ちゃあんと見てなかったんやろ〜。もうっ。アハハ……誰に連絡しようとしてた？」
Aの瞳が揺らいで翳る。ここまで堕とされてもうそつきになりきれない、子供みたいなその目をつぶしてしまいたい。俺は彼女が後ろ手に隠してた携帯を取り上げて、髪の毛を引っ張って、Aの耳元で、直接脳みそに注ぎ込むようにしゃべる。
「やっと会えたのに、Aちゃんは俺と一緒に居たくないん？」
「か、返して、」 そっか。
「だめ。……ほら、もうええから、な、ぎゅってして？」
それでふたりはひとつに戻った。あーあ、こんな意地悪するような真似せんでも、Aのほうからしてくれたらなあ。ほら、泣いてる。可哀想に。でも一生ここにいてな。
「愛してるで。」

84.蠧毒かない(山田二郎)→←82.まじなう(入間銃兎)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す