【ヒプノシスマイク短編集】惑溺

77.コキュートス再生(白膠木簓) ページ29

ー

救急車のサイレンと、風の音が遠くで聞こえる。
「Aちゃんの声やったらよかったのになあ」
今日も、いつも、視界の端にAちゃんがいるように感じる。これは単なる、願望の現れなのかもしれん。俺はそれがみえているとき、本当に笑えてるような気がする。

Aちゃんに手当された指の傷をぺろぺろ舐めた。Aちゃんがさわった俺の部位を、全体へと侵食させたい。赤ちゃんみたいに指を吸いながら、俺は案外染められたいタイプなんかも、と思った。
カサブタになりかけていた傷は俺の歯でこじ開けられる。生あったかい血が口内で滲んで不味い。
「うえっ。…あー。Aちゃん、また心配してくれるかなあ。」
きみの慈愛の手。俺はそれに病みつきになっていく。文字通り病的。アタマで分かってても、どこにあるかもわからないココロが、その核が、きみに優しくされたいって泣く。

暗あい、川沿いを歩く。偶に咲く街灯が、水面に反射してかがやく。人工の汚い光。指から血がつらつら流れ出ている。Aちゃんの血。夜の黒い血。頭が痛い。寒いからかな。ため息をついたら白くなって、ふわって消えた。不快。不快。不快不快不快不快不快。
Aちゃん俺のこと可哀想がっていいよ。
手がかじかむからつないで。漠然と不安やからハグして。うまく喋れへんからキスして。
怪我してもうたからさ、慰めて。
「俺だけ」
俺だけの世界やったらよかったのになあ。俺が絶対なら、今入ってる仕事も全部バラして、邪魔な奴全員さばいて、Aちゃんにやさしく抱きしめてもらいながら眠る、のに。
叶わん。
「Aちゃんだけやのに」
「ああーーーもう！うるさいなあ。」ざわざわ。ざわざわざわ騒ぐ音声、が流れた。俺の世界が壊れてまた指の血が止まった。風にあおられて俺はふらふら、影がゆらゆら、ああしょうがない。言い訳をつけて俺は俺を傷つける。自傷の言い訳が上手くなって、Aちゃんが心配してくれるから、血がどぷどぷいっぱい溢れて脳みそが満たされる。
「あっ。Aちゃん。」
端にいたきみにさわったと思ったら まわりがしいんと静まった
隠し隠した手首からぼとぼと落ちる のを見た俺の血の塊を憐れんでほしかった。
「痛い。痛いぃ。」
Aちゃん俺だけのものになってな。今スグ。俺だけの世界の再生がはじまる。



ー
77話めが変な関西人にとられてしまいました有栖川さんいかがでしょう？

78.デラシネ(神宮寺寂雷)→←76.ラヴィット(伊弉冊一二三)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す