【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

43.わくらば(神宮寺寂雷) ページ44

ー


「きみは知っていますか。朝焼けと夕焼けのにおいの相違。もし知っているのならば」

そのどちらにも当てはまらない夜闇。Aの瞳によく似た小さなあかりがふと灯る。

きみを産みなおしてあげたい。
わたしの胎内できれいなものだけを摂取させ、死ぬまで淀んだ世界など知らせず育ててしまいたい。魂ごと灌ぐようにすべてやり直し、教育を施し、物欲しげな眼を取り除き、清いこころだけを持ったわたしのかわいい子。優しく謙虚で思いやりがあり、わたしの注いだ愛を素直に食べてくれる子。
罪も罰も咎も傷もなく(ほんとうは何もいらない。)、清廉に。
一切の歪みなくきみは美しくなる。

それなのに
いまのきみはわたしの愛を享受できないと言う。
なにが嫌？なにが悪？なにが善？なにが愛？なにが命？
(わたしはもう分からないんだよ。美醜や退廃や啓蒙。このままではいけないと思いながらも、このまま落ちたいと考える脳？心？いくら洗っても落ちない汚れどもがわたしをあざ笑っている。結局どちらも壊れてしまっているのにね。かわいそうに。可愛そうに。わたしはきみ以外どうなったって構いやしない。)
わたしの胎に命が宿ることなど無いと知っても偽物の愛の結晶を。救いの手を。わたしはいつだって盲信してしまうよ。
命の摂理への違反者。

「このままきみが息をやめたなら、そんなことは、知り得ないのだろうね。もうずっと、きみを好きになってからずっと、わたしはひずんでゆく…いや、違う。もとよりわたしの中に生きていたひずみが、だんだん息を荒げていくというだけだ。」
もう壊れてしまいそうなんだ。

きみはいま幸せか？Aがもしもイエスと言ったならば、わたしはきみをそっと殺さなければならないね。わたし以外の幸福要因など必要がない。きみは産まれなおしてわたしだけと笑うべきだ。信仰、それからの別離、死ぬこと、生きること、わたしだけに静かに教えて。
愛に基づいて謀る正当な生の行為。病葉のようにおかされ翳る忘我の心臓。感染は簡単に、陥落を招く。
「きみは知っていますか。死と生の美しさの同化。もし知っているならば」
きみはきれいに、わたしから産まれなおすがいい。

ー
テーマ：潔癖 です

44.コンセプション(伊奘冉一二三)→←42.心臓形掌握(入間銃兎)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す