【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

35.命恋い(白膠木簓) ページ35

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疑心暗鬼という生き恥。Aは俺の手を払った。(嘘やろ。)
ありふれたカフェのガラスが、俺のにこにこ顔を嫌味ったらしくうつしていた。その外ではまるで変わらず、車やバイクやトラックが騒音と廃ガスを撒き散らして、どろどろ流れて、ビルがそれを隠すように覆っていた。空も人もいつも通りなら、Aだってそうあるべきやと思った。かつてAが好きと言ってくれた俺の顔は、だんだんぼやけて、もうまやかしの楽観の演出すらも諦めさせられる。
「なんで？」
Aは何も言わなかった。俺の顔から笑みが消えたらAはいつも怖がった。わざとそれをやって笑わせた。いつかの午後、なによりも美しい時間。そういう楽しい思い出を反芻することでしか、もはや俺の矜持や綺麗な恋心はその形を保てない。

あの頃笑ってたAは睫毛を震わせて、俺を嫌いになったと言わんばかりに顔をそらした！
「なんで。俺、俺、Aにだけは嫌われんように、消耗品みたいに人を笑かして、フリーペーパーみたいに薄い笑顔でうそついて、Aのことだけ考えて生きてたのに。Aに嫌われたら、俺は生きてなんかない。なんでそんなことするん。なんで俺を殺すん。ほんま、ああもう泣きそうやわ。俺のこと嫌い？どこが嫌い？教えてや。はやく教えて。俺死んでまいそうやねん。A。Aちゃん。」
いっこうに俺のほうを向かんAに乞う。俺は誰よりも惨め。カフェの客どもは、俺らを見世物みたいにじろじろ見くさる。くだらん。ほんまにつまらん、三文芝居。(A、はやくウソって言って。ドッキリ大成功って言って。俺わかってるねんで。はやくして。)

やけどAは俺を見ないまま、一万円札をテーブルに叩きつけて去った。

俺は走った。店員の呼び止める声がしたけどそんなん知らんかった。ほんまに俺嫌われた。息が苦しくなるのを感じた。喉がつまってうまく呼吸できひんくて、Aに抱きつくころには俺の頭は霞んで、薬中の脳みそみたいにふわふわしていた。
「離れんといて。Aが俺のこと嫌いでも別れへんで俺ほんまに死ぬから」
最低や。Aはきっと俺から離れたほうが幸せになれる。でも俺のことずっと見とって。そんなエゴとロマンティックで俺は生きて、生かされて、今日もあしたも明後日ももっと頭おかしくなっていつかAを閉じ込めて、なんなら一緒に死ぬかもしれん。
Aは嫌って言うかなあ。俺はまだ見ぬ心中の、一酸化炭素のにおいを思って笑った。

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