26.夜に昏く(神宮寺寂雷) ページ26
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「きょうは、たのしかったかい?」
わたしがそう言うと、Aはわたしの手を握った。「とても。」わたしは、それはいいことだ、と言おうと思ったけれども、しかしその気持ちとは相反して、彼女の人肌が妙に暖かかったのが、少しいやだなあ、とも思った。(きみが生きていなければ、わたしはもっと、きみを愛してあげられるかも知れない。)
Aがたのしかったと言ったのは嘘だ。わたしは彼女に出会ったときからAの嘘をつくいたずらな眼が好きだった。だから楽しくなかったとしても、わたしは自己満足のためにこれを訊いている。至って非道徳的な禅問答。答えの出ない問い。彼女の知らないわたしの俗悪。だけど衒いのないふりをしている彼女がとても好きで、特にAのつく嘘が、真実を言っているように聞こえるのが一等好きだ。
痴れ者と笑えばいいよ。
わたしはいつまでも騙されていよう。
ただでさえこの狭い世界でAは目を細めた。「だれも、世を果無む必要なんてないのにね。」きっと嘘をつく意識はなかったんだろうけど、いつか彼女がそう呟いた言葉は、間違っている。
彼女の世界は閉ざされている。他でもないわたしが果無むべき世を見る眼を塞いでいるからだ。けがらわしいものを知ることを許可しないからだ。けして正しくはない愛を、抑制されないただのエゴがつなぎとめているのだ。怨嗟のように搦めとる、ここは地獄なのだろう。
篠突く雨が夜をもっと暗くしてゆく。闇の中では居心地がいいけれど、醜いものが見えないだけだ。電気もつけていない部屋で、Aは瞳孔を開いたままわたしをじいと見ている。それがまるで暗黒のなかにぽっかり浮かんでわたしを責めるようで、わたしは身動ぎできなくなった。一握の砂さえこぼれる感覚。夜すら殺すきみが好きだよ。
「寂雷さんは、楽しかったですか?」
「ああ、とても。」わたしは彼女と同じように答えた。嘘をなぞった。また骸のように色を失った。
「それなら、よかった。」
Aが暗闇でほほ笑む。その笑みがわたしを捕えてはなさないのだ。
「そろそろ眠ろうか。」
「はい。」
Aとわたしは手を繋いだそのまま、ベッドへ昏く光がともる双眸は横たわって、やがて薄いまぶたの皮膚に覆われた。わたしはいまようやく、彼女を愛おしく思えた。
Aの細い首に触れて、心からきみを愛せる日を夢想する。
「おやすみなさい。」息を止める口づけをして、最低の夢を見よう。
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神宮寺さんお誕生日おめでとう 遅刻
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タメィゴゥ - めちゃ面白かったです!ド好みです!ありがとうございました! (2019年12月23日 18時) (レス) id: 98d1675711 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - タメィゴゥさん» リクエストありがとうございます!そういうのめちゃ好きです!遅くなるかもしれませんがサマトキ了解しました! (2019年12月4日 1時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
タメィゴゥ - すみませんリクエスト良いでしょうか? もしよろしければ左馬刻様が夢主にでろでろに依存してしまい離れられないお話を書いていただけませんでしょうか? リクエストがもはやキャラ崩壊ですがよろしければお願いします。<(_ _)> (2019年12月2日 19時) (レス) id: 78b2b55a96 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - 林檎麻さん» こちらこそありがとうございます!!!はらいくうこうくん、了解しました!ちょいムズですね…がんばります (2019年11月6日 21時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
林檎麻(プロフ) - いつも素晴らしいお話をありがとうございます…とっても好きです…愛してます…。リクエストでよかったら波羅夷空却くんをお願いしてもいいですかね…??応援してます…!! (2019年11月3日 2時) (レス) id: 5fe5e3438d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:43沿い | 作成日時:2018年8月31日 0時