【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

24.泥のなかに永遠(有栖川帝統) ページ24

「みいつけた。」
路地裏の道の凸凹には雨水がたまって、もうひとつのシブヤを映し出していた。俺はそれを踏みつける。冬のくせに雨上がりの生暖かい空気が肌に絡みついて、最悪な気持ちになる場所。なのに俺は、777が揃ったときみたいに、気分が良かった。
「なーあ、帰ろうぜ。そんなとこにいねーでよ」
Aはぐちゃぐちゃの段ボールの影に蹲っていた。捨て猫みたいに震えて俺を見ている。怯えた目。思わず口角を上げるとAは涙をぽろぽろ流して嫌だと言った。俺はたまらなくって、一歩ずつ近づく。「嫌？」「いや、」「俺が嫌いになったのか？」「こ、こないで、こないで」
「なあ。」1mの距離まで進むと、Aはまだ濡れている地面にへたりこんで首を振った。

「質問に答えろよ。俺がきらいになったのか？」
俺は嫌われたくないと思ってたけど、ほんとうはそんなことはどうでもいいのかもしれない。俺が好きなんだから。それでいい。雁字搦めにしてぜんぶ手に入れる。それだけで満足だ。俺もしゃがんでAの頬を撫でた。肌を濡らす雨はまだ乾いていなかった。そこから手を下に遣って、首に通った一番太い血管の表面に触れる。Aは喉から息を漏らすだけで、俺の質問には答えないままだった。
「ま、いいや。どっちでも。」俺は上着を脱いでAの肩にかけた。それでもちょっとだけ見える首に、昨日俺がつけた手型がついていて、心臓がどきりとして。俺、Aのことすげえ好きなんだって思った。Aの震える手をとる。
嘘みたいな青空が煤けた灰色の建物の隙間からのぞいている。ああ、最高の天気だ。指を絡めると嫌そうな顔をして、かわいいヤツ。半分強引に立ち上がらせて帰路につく。大通りには出ないで、他人のいない道を通る。そうすると、俺たち以外の全員がこの世から消えたみたいで、すごくいい気持ちになるんだ。

俯いたAの顎を掴んだ。「俺の顔見ろ。」Aは、視線を二、三往復させてからやっと俺と目を合わせる。また恋に落ちる。おちる、堕ちるとこまで堕ちた。そしてお前も俺と同じになるんだ。「やっぱおまえにも俺のこと愛してほしいなア。」愛というエゴとワガママ。俺はどうかしてるんだろうな。Aは、泣きそうに顔をしかめた。
愛は難しい。きれいだったはずの空はもうモノクロに変わっていて、吐き気がした。

俺に捕まっちまうなんて、可哀想な女。「もう、離れんなよ。」
最低なキスをしたなら、おまえは逃げられない。

ー
オホー むず

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