20.幸福論(入間銃兎) ページ20
銃兎
燻んだ副流煙が空に消えてゆく。胸のあたりには相変わらずなにかがざわめいていて気分が悪い。ぐるぐると永遠に渦巻く、最低の感情、俺はその名前を知っていながらも、眼をそらしてただ押し黙った。人混みはどろどろ流れて、夕暮れと同化する俺たちのことを知らん振りをして、でも結局俺は「さようなら」も言えないまま息をしている。
もっとやさしい世界ならばよかった。
スノッブだらけのこの街じゃあ愛も買えやしねえ。ゼロとイチの亡霊は、静かに俺たちに侵食しては、泥のなかに引き込むように、ゆっくりと、ゆっくりと殺してゆく。そんなんじゃうまく笑えない。Aはあんなにきれいに笑うのに。絶えず俺たちは罪を侵す。
Aの指先は俺の首に巻きついて離れない。離さないでと言わずとも、解き放たれない呪いのように、衒いのない眼光で俺を見つめるのは間違いなく愛だったんだ。夕焼けと夜の藍が混ざった色がカーテンを通りぬけてフローリングを刺した。Aは俺に馬乗りになって首に力を入れる。俺を殺すには弱すぎる力。しかしそれが心地よかった。その苦しさは甘美だ。
そのまま眼を瞑ると、都会の雑踏もせつなの夢も何も何も何もかも何もなかったかのように消え失せて、まったくふたりだけの世界になる。知らない。何も知らない。俺はふたたびこの世に産まれ直す。Aは俺の喉仏を押して、一気に顔を近づけた。
このままキスで死ねたならどんなに幸福だろう。愚かしく開くこの目に見える色が何色だとも、俺たちを忘れたこの街で、息ができたなら、どんなに最低だろう。女の影が俺をどこまで呑み込む。愛も心臓もまがい物。
Aの睫毛を縁どる煌めきの色はだんだんと暗くなる。
俺の首を掴むAのてのひらはどんどんと離れてゆく。
窓から差し込む光は薄れ、やがてAは手を空中に放り投げた。俺は名前を呼ぼうとしたが、喉がそれを拒否した。有り余る言葉は舌先で苦味に変わる。
Aが泣いていたから。
薄闇の中に伝う雫はいくつもいくつも、俺たちの影を反射しながら落ちてゆく。
「ゎ、わ、わたしは、傷つけたくなんか、ああ、」「おまえは何も悪くない。悪いのは世界。ぜんぶおまえ以外が悪いんだ、A、おまえのことを愛さない世界が悪い。」嘘なんかじゃない。
Aを忘れた街で、俺たちは今日も明日も呼吸をするだろう。
まだ息絶えない。愛に意味なんてない。
(全てあなたの所為です。)
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タメィゴゥ - めちゃ面白かったです!ド好みです!ありがとうございました! (2019年12月23日 18時) (レス) id: 98d1675711 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - タメィゴゥさん» リクエストありがとうございます!そういうのめちゃ好きです!遅くなるかもしれませんがサマトキ了解しました! (2019年12月4日 1時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
タメィゴゥ - すみませんリクエスト良いでしょうか? もしよろしければ左馬刻様が夢主にでろでろに依存してしまい離れられないお話を書いていただけませんでしょうか? リクエストがもはやキャラ崩壊ですがよろしければお願いします。<(_ _)> (2019年12月2日 19時) (レス) id: 78b2b55a96 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - 林檎麻さん» こちらこそありがとうございます!!!はらいくうこうくん、了解しました!ちょいムズですね…がんばります (2019年11月6日 21時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
林檎麻(プロフ) - いつも素晴らしいお話をありがとうございます…とっても好きです…愛してます…。リクエストでよかったら波羅夷空却くんをお願いしてもいいですかね…??応援してます…!! (2019年11月3日 2時) (レス) id: 5fe5e3438d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:43沿い | 作成日時:2018年8月31日 0時