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「嚆矢愛觴」 ページ10

睡魔の襲う昼食後の授業、何か目を覚ましてくれる物はないかと教室内に視線を漂わせると、真剣な顔で黒板を睨みつける伏見の姿が目に入った。
『……!』
彼の席は窓側に位置している為、午後の柔らかで暖かな陽光が伏見の琥珀色に鮮度を足している。その姿に板書をする事すら忘れて見入っていると、今度は彼の奥にあるカーテンが優しく揺らいだ。
ふわりと伏見の髪が靡いて、彼はそれを少し煩わしそうに押さえ付ける。いつも彼が見せる物とは正反対の表情。
少しだけ、私の心臓と思考が揺れた。
何だか見てはいけないものを見ているような気持ちになって慌てて視線を黒板に戻すが、ひとつの面白味も無い白と深緑のコントラストに私は直ぐ飽きてしまう。
私は小さく息を吐いて再び琥珀色に視線を戻した。
『……』
伏見はいつも三日月形に歪めている瞳を真剣にユーモアの無い深緑に突き刺して、時折長い睫毛を伏せて手をノートに滑らせる。……なんと言うか、少しだけ、

「Aさーん?大丈夫ですか?」

『…ッはいっ!』
突如私の耳に入ってきた、注意にしては優しい女性教師の声。
驚いて裏返った声で返事をすると、クラス中から笑いが起きた。え、何これめっちゃ恥ずかしいんだけど。
反芻する笑い声も少なくなり始めた時、授業中にも関わらず緊張感の無くなった教室を正すかの様に女性教師は「はい!」と少し大きな声を出した。
まるで押しているスイッチを変えた機械の様に教室は静かになり、満足そうに笑った女性教師は再び授業を始めた。
一時停止を解除したビデオテープの如く、退屈なチョークと黒板の接触音、私を眠らせようとしているとしか思えない女性教師の声が教室に響く。あと、極僅かの真面目な生徒が取っているメモの音。
退屈になった私が彼女に合わせていた焦点をずらして外の方に動かすと、その途中で伏見と目が合う。

「ま、え、み、ろ」

『……っ』

…真逆、最初からバレていたのか。
悪戯の成功した子供の様な笑みを私の脳裏に残して、伏見は前に向き直った。
心臓が気持ちの悪い程早く血液を循環させている。そのお陰か顔や耳だけでなく身体中が熱くて、私は真っ白なノートに視線を落とした。
伏見の顔が頭から離れない。
…わたし、もしかして伏見のこと、

『……』

一瞬だけ彼に瞳の焦点を合わせたが、湧き上がってくる何かに耐えられなくなって私は目を逸らした。
遠くから聞こえる騒がしい椅子とスピーカーから聞こえるチャイムの音に、何かが始まる予感がした。

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みそ漬けキュウリで殴る(プロフ) - 蒼空麗さん» お褒めの言葉ありがとうございます…!!こちらこそ読んでいただきありがとうございます!!そう思ってくださったのなら幸いです…泣 (2021年10月11日 15時) (レス) id: ed00509d09 (このIDを非表示/違反報告)
蒼空麗(プロフ) - 愛おしさしかないですありがとうございます (2021年10月6日 16時) (レス) @page26 id: ee676be244 (このIDを非表示/違反報告)
みそ漬けキュウリで殴る(プロフ) - 狛々さん» 読んでいただきありがとうございます!!本当ですか!?めっちゃ嬉しいです…泣考察要素もありますのでぜひぜひ考察していって頂ければと思います! (2021年10月6日 7時) (レス) id: ed00509d09 (このIDを非表示/違反報告)
狛々(プロフ) - 1話読み進めるごとに一番右の星押してました。この作品を読むだけで頭がよくなった気がします!!!! (2021年10月5日 22時) (レス) id: 0c572bf162 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:みそ漬けキュウリで殴る | 作成日時:2021年10月5日 19時

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