第55話 ページ9
彼は顔を歪めたまま、絞り出すように言った。
「確かに、次の検診の予約が長い間来ないなとは思っていたんです。だいぶ治療も終わりがけだったので、もう必要ないと彼女が判断したと、そう思っていたんですが...。そうですか。そもそもこの世からいなくなっていたんですね...。」
そう言って彼は大きなため息をつきながら、机に両肘を立て、その両腕の間に頭をうずめた。
彼の顔は見えない。
けれど、きっと悔しそうな顔をしているだろう。
回復していると思っていた患者が、信じきれないとはいえ突然自ら命を絶ったのだから...。
ただ話を聞きたいという理由で軽々しくここに来た自分を、浅はかに思う。
彼だって医師の1人だ。
患者がいなくなったという事実は、辛いことに違いない。
そんなことを、私はこうも簡単に伝えてしまった。
やはり私はまだまだ子供なのだ。
他人のことになんか、気がまわせられていない...。
「先生。申し訳ありません。先生はまだ知らない、という場合を考えていませんでした。こんな私から、こんな形で伝えることになってしまって...。」
私はノートを手に取り、深々と頭を下げた。
「これ以上ご迷惑をおかけする訳には参りません。お時間を取って頂いたのに、本当に申し訳ありません。私の話を、少しでも聞いてくださってありがとうございました。今日はこれで、失礼します。」
頭を下げたままそう言った後も、何秒か頭は下げたままで申し訳ありませんでした、と繰り返した。
先生からの返事は何も無い。
私はゆっくりと頭をあげると、依然顔を隠したままの彼の背中を見ながら、失礼します、と言った。
もう1度頭を下げて、今度は彼に背を向け、診察室を出ようとドアに手をかけた。
...その時。
「あなたは...春美さん、と言いましたね。」
突然名を呼ばれた私は、少し驚いて振り向いた。
視線を先生に合わせると、彼は先ほどよりは少し頭をあげて、こちらを見ていた。
「は、はい。斎藤春美です。」
私はそう言ってドアから手を離し、先生の方に体を向けた。
彼は上半身を起こして背もたれに寄りかかると、顔だけこちらを向いて口を開いた。
「どうして、私の話を聞こうと思ったんです?何故ここまで自力で調べあげているんですか。」
小さく、しかしはっきりと聞き取ることのできる声。
仕事モードに入ったのだろうか。
私は無意識に、いつの間にか声を出していた。
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fruit(プロフ) - 黒百合さん» コメントありがとうございます!!!お見通しの通り、伏線、いっぱい張ってますよ〜笑もうすぐクライマックスに差し掛かります。推理も一緒にお楽しみください!!これからもよろしくお願い致します!! (2019年7月19日 20時) (レス) id: dc8b637267 (このIDを非表示/違反報告)
黒百合(プロフ) - ストーリーの至るところに伏線が隠されている(と私が思っただけですが)ので、展開を考えて読むのが楽しみです。ストーリーの緊張が高まった所で切れるのでドキドキしながら読んでいます。更新、頑張ってください!応援しています。 (2019年7月17日 22時) (レス) id: a567d07bc8 (このIDを非表示/違反報告)
fruit(プロフ) - 水の犬。さん» コメントありがとうございます!!第1弾に続けてコメントくださって本当に嬉しいです!!!!ここからはテストが少なくなるので、どんどん更新していくつもりです。どうぞ最後までお付き合い下さい!いつもありがとうございます!!! (2019年7月2日 22時) (レス) id: dc8b637267 (このIDを非表示/違反報告)
水の犬。(プロフ) - こんばんは、コメント失礼します。このお話更新されるとすごい嬉しくなります!笑今後の展開も楽しみです◎更新、fruitさんのペースで頑張ってください! (2019年7月1日 23時) (レス) id: bcb759c156 (このIDを非表示/違反報告)
fruit(プロフ) - ハバネロさん» コメントありがとうございます!!前作から...とても嬉しいです!元気が出ます!!(笑)是非色々と予想を立てながらお楽しみください!ミステリーを書くのは初めてなので不安もありますが...どうぞ応援宜しくお願いします! (2019年6月8日 7時) (レス) id: 479b2f8b1f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:fruit | 作成日時:2019年6月7日 23時