第一幕 岩王魔神 ページ7
.
旅人は頑として教えてくれなかった。
知らないの一点張りで、あとは鍾離に訊けと言った。
知らないわけがない、と黒陽は思う。
知らない人間の反応ではなかった。あの空白は、その名が黒陽の口から出ると思っていなかったときの、動揺だ。
なんとなく、鍾離には訊きにくい。
だから旅人に訊いたのに、あれではだめだ。
はあ、と息を吐く。
ライカ。アルスノア。コウヨウ。モラクス。
どれも聞いたこともない名前だ。
モラクスに関しては小耳に挟んだ記憶があるが、モラの由来になった魔神という程度の風聞である。
黒陽は旅人の顔を手で覆う。
もうすぐ、集合まで彼は稲妻にいるらしく、それまで顔を借りることにしていた。
「……珍しいな、食べないのか？」
料理が届いても箸をつけない黒陽をさすがに不審に思ったらしく、鍾離は講談から意識を外した。
黒陽はああとかうんとか適当に返事をし、頬杖をついたまま講談を聴くふりをしている。
「何か悩みがあるなら言ってみろ」
「ああ……」
「悩み事ではないのか？」
「うーん……」
「俺に言えないことか」
「ああ……」
「公子にちょっかいでも出されたのか？」
「んー……」
うん？
「では、北国銀行まで行ってくるか」
「待て。意地が悪いぞショウリ」
我に返った黒陽が鍾離の顔を軽く睨むと、彼は受け流すように笑う。
「……モラクスについて知りたいんだ」
「お前……人々から岩王帝君について聞かなかったのか？」
鍾離はわずかに目を見開いて言った。
「そういえば、今年の岩王帝君さまのお言葉についてあまり聞かなかったな」
普段なら、迎仙儀式のあとは岩王帝君の神託で人々の話題は持ちきりになる。それは海灯祭の時期まで続くから、黒陽も聞いたことはあった。
でも最近はそれがない。
「岩王帝君はもういない。……それより黒陽、お前が岩王帝君様と言うと違和感があるな」
「え？ な、なぜ？」
微笑みながら言う彼を不思議に思いつつ、軽策荘農家料理にやっと手をつける。
岩王帝君がいないとはどういうことだ？
あの男が死ぬはずは……
「岩王帝君──魔神モラクスは、神の座を降りた」
「なんと……」
「どこまで覚えている？」
実を言うと、岩王帝君とモラクスをイコールで結ぶことさえできていなかった。
でもそれがわかったから、鍾離の質問には答えられる。モラクスについての記憶。
「岩神モラクスは、私の大切な友だ」
ひどく、
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 91人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作成日時：2021年8月1日 1時
