第三幕 決断 ページ48
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アルスノアは迷わなかった。
ただ、強い目をして言い切った。
「それが最悪の事態だと言うなら、私は残りの確率に賭ける」
……君は、そう言うだろうね。
ボクは眉を下げて微笑む。
彼はそういう生き物だ。
ヒトと共に居られるのなら、どれほど分が悪い賭けでも躊躇なく飛び込んでいく。
「……本当に、後悔しない？」
これも、意地悪な問いだ。
「私の選択だ。失敗はあれど、後悔はないさ」
アルスノアは口角を上げる。
迷いのない瞳で、きっぱりと。
「ありがとう、ウェンティ」
「ボクは何もしていないよ。選んだのは君だ、ノア」
「それでも。教えてくれて、ありがとう」
言葉が詰まる。
楽しそうな君を不安にさせたくなくて、まだ大丈夫だって信じたくて、ずっと言えなかったのに。
君は、それなのに。
「私は、有機物になるのか……」
なんだか面白いな、と微笑むアルスノア。
彼が神になったらどうなるかは、分からない。
でも信仰で神になる以上、人の伝承は多少なりとも影響を及ぼす。
それなら、アルスノアはきっと、名実共に『幸運の象徴』になるだろう。
良いことか悪いことかは、分からない。
それはたぶん彼が決めることで、おそらく、良いことだと言って笑うだろうけど。
「もう一度言っておこう。痛みを得たなら、これから君はもっと弱くなる。気をつけて」
ノアは『無相の怒槌』としての特性を保ったまま、有機物になる。斬られれば血が出るし、血が出れば痛いし、痛ければ不快になるだろう。
痛みが生まれたら、捨て身の特攻ができなくなる。
だから弱くなる。
痛みを恐れれば、戦うこともできなくなる。
だから弱くなる、かもしれない。
「もちろんだ。失いたくないからな」
彼は神妙な面持ちで頷いた。
アルスノアにとっての死は、人間と少し違う。
彼にとっての死は記憶を失うことだ。
存在が消えること、じゃない。
そして、彼はそれを何より恐れている。
「まあ、ボクは君を信じてるけど……」
ボクがそう言えば彼は照れくさそうに笑う。
「君が信じる私を、私も信じてみるよ」
その物言いを美しく思って、微笑がこぼれた。
ボクも信じることにする。
君はボクの想像する最高の結果を持って、愛する者たちとまた、ボクの前に現れるって。
「君に風の導きがありますように。もしも旅に出たくなったら、いつでもボクを呼んでいいよ」
彼は笑って頷いた。
風が静かに頬を撫でる。
終幕 君という人→← 第二幕 To be or not to be
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作成日時：2021年8月1日 1時
