第三幕 風立ちの地 ページ24
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シードル湖の中に建つ、風車の城。
「見ろ、あれがモンド城だ！」
しかし、黒陽の興味は東に見える巨木に向いているようだった。
「あれはモンドの英雄の象徴だよ」
「あっちが気になるのか？ 仕方ないやつだな……」
やれやれ、と肩を竦めるパイモンは表情ほど鬱陶しく思っていない。それは綻ぶ口元から見ても明らか。
俺にとってもそうだけど、たぶんパイモンにとっても、世界や人の文化文明に疎い黒陽は、弟みたいな存在なんだろう。
可愛くて、ほっとけなくて、庇護欲をかき立てられて、妹か弟みたいに思えてしまう。そんな存在だ。
「じゃあ……行くか？」
「いいのか！？」
「いいよ。他にも連れていきたい場所がたくさんあるから、ゆっくり、ひとつずつ回っていこう」
というわけで、俺たちは予定を変更して風立ちの地へ向かうことにした。
＊
穏やかな微風が黒陽の髪を攫い、ローブの裾をなびかせて、よく生い茂った草を撫でていく。
ここの風は綺麗で、滑らかで、優しい。
風車アスターが多く自生するのが、その証拠だ。
巨大な樹を見上げ、黒陽は感嘆の声を上げる。
「これが……神像もあるな、晶蝶も多い。神秘的で、モンドの象徴にふさわしい場所だ……」
「ふふっ、その言葉を聞くのは二度目だね」
後ろからそんな声が聞こえて、俺たちは同時に振り返った。白と緑を基調にした軽やかな少年だ。
「ウェンティ！」
「こんにちは旅人、それに
彼は帽子を取り、芝居がかった仕草で礼をした。
「アルスノア。また会えて嬉しいよ」
やはり、黒陽はモンドを訪れたことがあるのだ。
問題はそれを覚えているかどうかだけれど──
「……すまない、名を訊いても？」
ああ、やっぱり。
ウェンティはきょとんと目を丸くして、苦し紛れに笑ってみせる。
「もう。新しいイタズラ？ その手には乗らないよ」
「いや、その……」
仮面とフードで顔は見えないが、困ったように声が震えている。
やがてウェンティは溜め息を吐き、諦めた。
「そうか……またボクを忘れたんだね、ノア」
「……
今度は黒陽だけでなく、俺たち三人が首を傾げる。彼が記憶を失うのは、今回が初めてではないのか？
「なんでもない。ボクはウェンティ、吟遊詩人さ」
「よろしく。私は……君の呼び慣れた名前でいい」
「いいの？ じゃあ、改めてよろしく。風と自由の国、モンドへようこそ。無相の放浪者よ」
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作成日時：2021年8月1日 1時
