第四幕 契約 ページ16
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見てすぐに分かった。契約書だ。
璃月の民は契約を重んじる。
それは夜叉である魈も例外ではない。
「……いいだろう。言ってみろ」
魈は腕を組んでそう言った。
「俺がまた我を失い、テイワットを危機に晒すようなことがあれば、そのときは……」
黒冥、もとい黒陽は、懐かしい眼差しで答える。
「……他ならぬおまえが、殺してくれ」
今にも崩れ落ちそうな彼を傍らで支える旅人が、目を剥いた。黒陽に注がれる視線には驚きだけでなく、怒りに似た感情も混じっているように見えた。
旅人なら、怒るだろう。
魈は心の中で頷く。
そんなことを言うなとか、そんなことはさせないとか、反発するのが空という少年である。
「当然だろう。我は降魔大聖だ」
拳を握りしめ、魈は応えた。
魔を降し、法を護る。それが魈だ。
たとえ友だろうと妖魔は祓う。
……いや。
友だからこそ、自分が祓う。
「ああ──安心、した」
ふ、と微笑み、黒冥は契約書を魈に手渡した。その手が小さく震えていることを、魈は見逃さなかった。
埋もれていた記憶を掘り起こし、人格までもを“思い出し”てしまったなら、黒陽の核にはかなりの負担がかかっている。
もともと、彼の記憶は長くもたない。なのに無理をして、ヒトのように焼き付けているのだ。
容量を空けるために記録を薄め、埋もれさせ、それでなんとか昨日のことを覚えているのに。
「では……俺は……少し、休む……」
思い出すことは、黒陽にとって負担だ。
なのに友と再会するたび、彼は律儀に思い出す。
彼は旅人に肩を貸されたまま、目蓋を閉じた。
契約書を受け取っても魈はしばらく動かなかった。
──殺す。絶対に。何があっても。
責任は我がとる。
業障が、暴走の引き金を引くことになったなら。
「……金翼鵬王の名において、玄天星君の示す契約に同意することを誓う。空、お前が証人だ」
突然名前を呼ばれた旅人は驚いたが、すぐに真剣な顔で頷いてくれた。
魈は彼に手を貸し、黒陽を支える。
パイモンが「人を呼んでくる」と言って旅館へ向かい、旅人と魈は取り残された。
あとで署名して黒陽に渡そう。きっと、今のことを覚えてはいないだろうけど。
「……その、魈」
旅人が申し訳なさそうに目を伏せながら、名前を呼んだ。
「……何も言うな。礼を言うのは我の方だ」
そう。
また、友の隣で語らえるのだから。
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作成日時：2021年8月1日 1時
