ほんの一瞬の夢を見る (ページ27)

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壬氏side

「怖い思いをさせたな」
A「いえ、助けて頂きありがとうございました」

彼女は顔を下げたまま、上げない

「この1枚はもらっておくよ」

手に持っている最後に残った1枚を引っ張ってもその顔は上げない

A「それではわたしはこれで失礼いたします」

そのまま彼女は俺とは逆の方向を向く

「…待て」

思わず彼女の腕を掴む
そのとき見えた彼女の目は涙にあふれ、怯えた表情だった

それは男をその気にさせるには十分すぎる表情だった

「っ、すまない」

思わず目をそらす
女の色目も、女の涙も、女のそういう表情も幾度も見てきたつもりだった

「高順、彼女を部屋まで」
高順「はい」

このままではまたあの文官みたいな奴があらわれるかもしれない
高順に俺はそう命じて執務室へ戻ることにした

…彼女は強そうに見えて弱い
したたかそうに見えて、純粋なのかもしれない

執務室に戻ってもあの顔が頭から離れなかった

その夜、部屋まで歩いていると月明かりのもと、舞を舞う女性を見た

まるで天女のようだった

……彼女だ

しっかりと顔が見えるわけではないが、なんとなくその姿から分かった

止めようかと思ったがここは滅多に人が通らない
俺は床に腰掛けてしばし見ることにした

今までに見たことの無いほどの優雅で見惚れる舞だった
たまたま手にしていた酒を飲む

一心不乱に彼女は舞っているように見えた

A「…壬氏さ、ま？」

一回転きたときに俺が目に入ったのだろう
彼女はぴたっと舞うのをやめた

「見事だった」

俺は拍手をする

A「お目汚し、失礼いたしました…では」

「…少し飲まないか」

俺は彼女にその酒を渡す

「…こちらは口をつけていない」

A「では少しだけ」

彼女は俺の隣に腰を下ろし、酒を口にした

「いつも舞っているのか」

この廊下はよく通るが、彼女を見たのは初めてだった

A「いえ、久しぶりに舞いました。何も考えたくない時には舞うのが1番なので」

おそらく昼間のことを言っているのだろう

「…本当は男が苦手なのか？」

気になっていたことを聞く

A「もう大丈夫だと思っていたのですが、どうしてもああいった雰囲気は身体が固まってしまうのです」

酒のせいもあってか、彼女はそう色っぽく笑った
それは仕事でするような色目ではなく、俺の心臓を壊しそうになる

「すまなかったな」

A「壬氏さまのせいではございませんよ」