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橘堂 ページ12

牛鍋の湯気があたたかい。

「今夜は満月だね」

窓の外を見ながら、梶井さんは言った。橘堂の庭が、月明かりに照らされて明るい。確かに、この時から何か起こるような気はしていたのだ。

当時の首領は病で倒れていて、命令も極めて向こう見ずなものが多かった。組織の敵は増える一方だった。Aは守られていた(思い返すと森医師(せんせい)に守られていたのだろう)が、抗争のせいで犠牲者が増え、組織を抜け出すものもいた。Aの両親も犠牲者だ。

梶井さんがビルや鉄道を爆破するよう命ぜられて、ここ数日寝食が十分でないのを、Aはちゃんと知っていた。

中也さんは、実は森医師(せんせい)に、Aを橘堂に連れて行くように言われていたのだと言った。Aは自分の意志で橘堂を選んだのだが、そうでなくともここへ来ることになるように仕組まれていたということだろう。夕食はテーブルマナー云々の関係で森医師(せんせい)ととることが多いのだが、今日は何かあるのだろうか。

「太宰は首領に呼び出されたとか言っていたな」

「……太宰さんのことが心配なんですね」

「ンなわけねえだろ」

向かい側で、中也さんは眉をつりあげた。

時々、太宰さんだけ別行動の事があるから、珍しいことでもないとは思うが、首領に呼び出されたというのは珍しい。

「お嬢様、ニンジンも食べて」

隣に座っている梶井さんが甲斐甲斐しく世話を焼く。組織に入って、急に我が儘を言わなくなったから少し対応に困っているようにも見えた。彼はAの世話をするのが仕事ではなくもはや趣味になっているのだ。

「お嬢様?」

中也さんは怪訝そうな顔をした。

「梶井さんのごっこ遊びみたいなものですから、どうぞお気になさらず」

Aはほほ笑んだ。まあ、梶井さんもお疲れだし今日くらいは世話を焼くのも許してやってもいいだろうなどと思っていた。

恐らく彼も詩乃に気を使っているのだろう。モトジロウのくせに。

というのも詩乃はこの時の抗争で両親を亡くしている。

先に亡くなったのは詩乃の父親だ(後にその人は実の父ではなかったことを知ることになる)。敵の銃弾を浴びたと聞かされた。

次いで母親も帰らぬ人となった。首領の銘に背き、組織の裏切り者として処罰された。

詩乃は物を手放す時に燃やす癖があるのだが、どうしてもあの家だけは燃やせなかった。

実家のことは、父が一番大切にしていた部下の人に任せることにした。

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作者名:さなえ@Love伊織 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/sanaeEs/  
作成日時:2017年6月29日 13時

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