【降谷零】春夏秋冬の過程論【男主】 (ページ8)

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０８．もう勘弁ページ8

「……、」
「……、」
再び訪れた沈黙にAは焦っていた。
目の前にはスヤスヤと寝息を立てる男の姿。ソファに腰掛けていた彼は、いつの間にか眠ってしまっていた。Aは起こさないようにそっと立ち上がると、寝室から毛布を持ってきて男にかけてやる。

そして、リビングへ戻り再び腰を下ろした。
(……綺麗な顔立ちだよなあ。)
昨日見た時も思ったけど。改めて、Aはまじまじと男の顔を見つめた。そして同時に昨夜のことを思い出す。
会ったばかりの時と、少し雰囲気が違ったように見えるのは気の所為だろうか。と言っても、知り合って数時間の男の事なぞわからなくて当然なのだけれど。考えてみれば連絡先も知らないし、何処に住んでいるかも、年齢も全く分からない。知っているのはお互いの名前だけ。不思議なものだ。名前を知ってるだけの相手なのに、こうして家に上げている自分がいる。自分でもよくわからない行動にAは小さく溜息を吐いた。すると、

「……ん、」
微かに声を上げた男は、ゆっくりと目を開けた。

「あ、すみません。起こしてしまいましたね。」
「……、」
「おはようございます。」
「……、」

安室は未だ夢心地といった表情でAを見つめる。すると、ハッとして勢いよく起き上がった。

「あ、あれ、僕……」
「随分ぐっすりで。」
「……あー、そうみたいですね。」
「やっぱりまだお疲れなのでは？」

冷蔵庫から水を取り出して、はいと安室に手渡した。

「いや、そんな事は……、」
安室はそれを受け取って、そこで言葉を切った。そしてそれを一気に飲み干し、振り返った。

「すみません。まさかまた寝てしまうとは。」
「大丈夫っす。それより身体の調子はどうですか？」
「ええ、もうすっかり元気になりました！貴方のおかげです」
「ん、どーも」

時刻は既に昼を過ぎた頃。それじゃあそろそろ失礼しますね、と安室は立ち上がった。

玄関まで見送ってAがドアを開ける。

「今度こそ、お世話になりました。」
「いいんですよ。それより、」
「はい？」
「ご自分のお身体第一に。命は皆等しくひとつずつしかないんすから。流石に昨日みたいのはもう勘弁。」
そう言ってAは大袈裟に肩を竦めて見せた。
安室はその言葉に目を見開くと、すぐにフッと笑った。

「ありがとうございます。では、僕はこれで。」
「はいよ。」
そうして二人は別れた。
安室は事前に迎えに呼んでいた部下の車に乗り込み、Aはそのまま部屋へと戻った。