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部屋を開ければ、男は唸り声を上げていた。
その手には携帯電話が握られている。
「さぼりおって」
机の上の資料は一つも触られた形跡がない。
陸奥は坂本の頭を掴み、机のほうへと引きずった。
「陸奥う」
甘えたような声で名前を呼ぶ。
こういった時は大抵願いを乞う前触れだ。
つまり、ろくなことはない。
「仕事をしろ」
「少しくらい話を聞いてくれてもいいじゃろう」
お願い、と手を合わせられる。
「…少しだけじゃ。その後すぐに仕事に取り掛かれ」
甘い自分が嫌になる。
ぱあっと笑顔になる坂本の視線を掻い潜るように、壁にもたれるようにして腰を下ろした。
坂本は手にある携帯電話の画面を陸奥に押し付けた。
『A、久しぶり。やっと繁忙期抜け出せたぜよ。元気にしちょるか』
『元気です。坂本さんはどうですか』
二人のやりとりを読みながら、
(お前は仕事してないじゃろう)
と坂本を睨みつける。
男はその視線に笑って誤魔化した。
「恋人同士のやり取りを見せつけて、惚気のつもりか」
「そういうことじゃなかてえ」
また坂本は携帯電話を操作して、画面を押し付ける。
少し前のメールのやり取りだ。
『坂本さん、お久しぶりです!
この間、お妙さんとおりょうさんとお洒落なカフェに行ったんです。
綺麗な人と一緒にいると嬉しいですね。
坂本さんの気持ちが分かったような気がしました(笑)』
とある日常の一コマである。
にこにこしながらメールを打つAの姿が思い浮かんだ。
「どう思う?」
「おまんは面倒な女か。くだらん問いをするな」
「そう言わんでもいいじゃろう。単刀直入に言うと、最近Aが冷たいんじゃあ」
なかなかAから連絡してくれんし、と坂本は落ち込んだ様子を見せた。
それを見て、陸奥は最近電話をしたAとの会話が頭に浮かぶ。
(あの馬鹿、本命をおざなりにしおって)
電話越しに楽しそうに笑う、呑気な妹を思い出し、溜息をついた。
(でも、まあ)
仕事もせず、さぼってばかりの男に、悪い考えが浮かぶ。
(このままにしておいても悪くないかもしれん)
「おまん以外に、惚れた男がいたりしてのう」
「え」
驚愕の顔を浮かべる男に思わず吹き出してしまいそうだ。
にやつく口元を押さえ、
「仕事のできる頼り甲斐のある男がいいかもしれんの」
と言えば、坂本はすぐに筆を取り書類に手をつけた。
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作者名:Nattu | 作成日時:2021年12月24日 17時