紫の一匹狼 (ページ30)

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(数年前)

「松村せーんせ」

『…志乃ちゃんか』

「あれ、なんでわかったの？」

『そんな変な呼び方すんのあんたしか
　いないでしょうが』

「えー、うそ！嬉しー」

『別に褒めてないし…』

「…北斗ってさ、主役級の力があって
　存在感があって素質があるのにいつも脇役にいるよね」

『…』

「いつも自分で勝手に自分のあるべき役を決めて演じてる」

『…何が言いたいわけ』

「北斗はあまり私のこと好きじゃないでしょ」

「だから今から言うことは独り言だとして
　聞いて欲しいんだけど」

『…』

「「松村北斗」っていう長い長い作品があるとして、
　その主人公は北斗しかいないの」
　
「脚本なんてないし代役なんて以ての外」
　
「悪役が出ても、嫌な映画評論家がいたとしても、
　北斗が主役じゃなくなることなんて絶対ないんだから」

「北斗自身が、…北斗自身で、素敵な作品にしてほしいの」

「ちょっと北斗、何笑ってんの」

『前のストーリーを見返してただけ、笑』

「…ふーん？」

『俺さ、……今の俺、主役らしくなれてんのかな』

「なんでそれ私に聞くの？」

あーもう、

やっぱこの人難しいしめんどくさいわ、

……まあ、それが面白いと思う俺も大概か、

『A、今日この後…』

「早く帰って寝なさい」

『いや、俺は一緒に過ごした「だめ」

「休むことだって仕事のうちなんでしょ？」

聞き覚えのあるセリフにそれ以上踏み込め
なくなる。

今目の前にいる「松村北斗」の中の名脇役は
その気持ちを見透かすような悪戯っ子みたいな
笑みを浮かべる。

「そんなに納得いかない顔しないでよ笑」

「んー、そうだなぁ…あ、じゃあ帰って
　休ませてあげるのが私のプレゼントね」

『…え、？』

「ほら帰った帰った」

『プレゼントの割に押し付けがましいな』

そういうとふふ、と笑ってエレベーターを降り、
さっさと歩く小さな背中。

それを逃さないように急いで追いかけると
急にブレーキをかけて振り返る。

『うおっ、』

「主役らしくじゃなくて、主役ね」

「まああの時よりは…なれてんじゃない？」

『…、』

「誕生日、おめでとう」

あぁ、やっぱり「松村北斗」の中の
主人公は俺じゃなくて貴方なのかもしれないよ、A。