紫の一匹狼 (ページ29)

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「 Hokuto 」ページ29

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side：松村

「あ、」

それは偶然だった。

偶然同じ建物で偶然仕事をしていただけ。

それを偶然お互いに知らずに偶然エレベーター前で
会っただけ。

ただそれが特別に感じるのは、今日がそういう日だからだと思う。

「移動？帰り？」

『帰り』

『Aは…』

「左に同じく」

『そっか』

普段人に伝わりやすく、を意識する彼女だが、
そういうのを追っ払った時の話し方は面白いと思う。

今の返し方もそこらの子だったら私も、だとか帰りだよって言うだろうに。

彼女はこれをふざけもせず真面目に言う。

「今年は去年より祝ってくれる人の数増えた？」

『いーや、寧ろ減ったかもしんない笑』

「ただでさえ少ない知り合いなのに」

『有難いことに忙しくさせてもらってるからだよ』

「そっか」

「あ、そういえばあれ読んだ？慎太郎くんのやつ」

『ん、連絡来てちゃんと読んだよ』

「んで？結局どうなの、好きなの？笑」

『いや好きだけど…その好きすぎる、まではいかないよね、』

「細かい男は嫌われるよ」

『じゃあ、Aだったらなんて答えんの』

「うん、好きだよ」

急にグッと寄せられる距離に思わず足が1歩後ろめに出る。

「っていうかな」

近づいたと思えばずっと離れて、最初よりもやや遠い距離。

何人の共演者が落ちてんだろ、なんて余計なことを考えるくらいには今の俺は動揺してるらしい。

「私ね、紫陽花割とすきなんだよね」

『そうなの？』

「あと雨も好き」

『あー、それはずっと言ってるね』

「あとジューンブライドもね、信じるし理想」

『うん？』

「北斗っていい月に生まれたよね」

『……それは樹とジェシーもでしょ』

「んー、それはそうなんだけどね」

私の思い浮かぶ作品では北斗が主演らしいんだよね、って時間も時間で誰も載っていないエレベーターに乗り込む。

「北斗？乗んないの？」

『あぁ、』

Aがそれをどういうつもりで言ったかはわからない。

けど、次に紡がれる言葉はわかる。

Aがあの時、自ら孤立して
一人で色々背追い込もうとしてた時に俺に言った言葉。