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ep156 ページ15

一頻り笑い終えてふぅと息を吐く。

此れと云って話の種も無く、それぞれに沈黙を守る。その中、私はふと机の上に散らかった読みかけの本を一冊手に取った。

そして紅茶を味わってから口を開く。


「これから話すことは只の独り言です。聞き流していて下さい」


本を見詰め乍らそう云うと「あぁ」と短い応えが返ってきた。


「以前、私は記憶が無いということが自分の存在を揺るがす怪物のように思えてなりませんでした」


始点の無い直線が無いように、始点の無い私の人生は何も遺さないのではないかと惧れていた。


「しかし過去の私は記憶を失うことで其処に残る私という人間の“本質”を見いだしたかったんです」


小石を(ふるい)にかけてたった一つの石を選び出すように、たった一人の“自分”を見つけ出したかった。
フョードルの呪縛からも、忌まわしい過去からも解放された時、私がどんな“私”になるのかを知りたかった。



「結局、如何だったんだよ……その本質とやらは」


「……それが何も変わらなかったんですよ、笑って仕舞うくらいに」


笑いを零した私に中原幹部は腑に落ちないという表情をする。

自分を救済する為に敵に寝返る道具主義の骨頂、哲学だけを詰め込んだ重い頭――――。
今も昔も、私はその侭なのだ。


「記憶を失くしても私は私の侭だった。それはきっと貴方も同じです。記憶が有ろうと無かろうと、貴方は“中原中也”。それ以外の何者でもありません」


彼は云った。人間など只の模様だと。
そんな人間の持つ記憶など所詮、模様をどう描いたかという過程に過ぎないのではないか?
何処から描き始めて何処で描き終えたか、など些細な事だ。出来上がる模様はいずれにせよ同じなのだから。


「私は私の、貴方は貴方の知っている自分で居れば善い。

……そう思いませんか、中原幹部?」


「……独り言じゃなかったのかよ」

「嘘も方便です」



やっと本の表紙から視線を上げて中原幹部を見れば、青い瞳と交差した。

すると彼は椅子から腰を上げ、部屋から出て行こうとする。
そしてその去り際――――


「ありがとな」


私の頭にぽんと優しく触れて部屋を出て行った。



一人になった部屋で、ふと太宰さんの言葉を思い返す。



――残念ながらそんなことで凹むような男じゃないんだよね……中也は――




 



……矢張り仲善いんじゃないのか、あの二人。



 

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ギラッフェ(プロフ) - こゝろさん» はじめまして。コメントありがとうございます!応援とっても嬉しいです!これからも宜しくお願いします。 (2018年12月23日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)
こゝろ - とっても面白いですね!これからも頑張って下さい!更新楽しみにしております!…あの、ドストエフスキーの一人称は「私」ではなく『ぼく』ではないでしょうか? (2018年12月23日 10時) (レス) id: 383b340c0d (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - かなさん» コメントありがとうございます。お読みになりましたか!そうですよね、共有せずにはいられないほど衝撃的ですよね……。そろそろ更新しようと考えておりますので是非お待ち下さい。 (2018年12月17日 20時) (レス) id: 78a130b852 (このIDを非表示/違反報告)
かな - 新刊読みました!!ヤバかったですね??この先の小説の続きも気になります!! (2018年12月17日 0時) (レス) id: 5a88057d9b (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - あやなさん、はじめまして。思いの込もったコメントをありがとうございます。こんなにも熱い応援をしてくださる方がいるんだと思うと胸が一杯になります。 銀魂の方も読んでくださってるんですね!本当に嬉しいです。これからも両作共々宜しくお願いします。 (2018年11月30日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:ギラッフェ | 作成日時:2018年8月14日 9時

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