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時計を見上げると夜の12時5分だった。




こんな時間に誰だろうか。




僕が練習室で歌っている時に誰かが入ってきたことなんて一回も無かったのに。






「あのぉ...。」





おお、声をかけられた。




少し高いが男性の声だ。




透明感があってよく通り、例えるなら浜辺にある美しい貝殻のようだ。




こんな声が僕に出せるなら、僕はここで練習生なんてやってないだろう。




きれいな声は生まれ持った才能なのだ。




それくらい、人生の中に深く関わっている部分と言える。





いつの間に僕は長い時間黙っていると気付いた。




相手は困っているだろうか。




せっかく声を掛けてくれたのに無視紛いな事をするなんて失礼過ぎる。





でも、僕は振り返る勇気がなかった。





きっと、相手の人は練習生じゃない。



練習生は今頃寮にいるだろうから。




つまり、ここにいる男性はきっと、僕より上の上の上の立場にいるだろう。




そんな人を相手にすると、僕はとてつもなく小さな存在だと気付く。





いくら精一杯生きていても上には上がいると思い知らされる時があるだろう。




そんな時僕は、悲しくていたたまれない気持ちになる。




だから、そういう場面は出来るだけ避けていた。




傷付きたくないからという理由で逃げるのは正直幼稚だと分かっているけど、悲しいものは悲しいのだ。








ふと、Tシャツの上から手の感触。




それがあの男性の手だと分かると僕は瞬時に振り払った。






「えっ...と...ごめん。」






困ったような声が聞こえて罪悪感が降りかかった。





僕は流石にやばいと思い、振り返って頭を下げた。






「あ、ご、ごめんなさい。」





下げる角度は95度。




謝る時はそれくらいしないと許してくれないと厳しく教えられてきた。




相手の靴を見つめていると、あ、とか、う、とか聞こえてきてめちゃくちゃ焦っていた。




すると視界にヒョイっと黒いのが写り込んできて僕は本気でびっくりして顔を上げた。






「あは!そんなに驚いてどうするの笑」






僕の目が正常なら、この男性は全身黒ずくめだ。




韓国では黒が人気だが、ここまで黒い人はどこにもいない。




黒いロングTシャツに黒いダメージジーンズ、黒い帽子に黒マスクをしている。





目を点にしてる僕に気付いたのか、目の前の男性はあ!といってマスクを外した。






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作者名:さくらンぼ | 作成日時:2020年3月25日 14時

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