103 / 聴こえる ページ11
side A
VIPルームが並ぶフロアの廊下は、静かだ。
差し込む夕陽と相まって、やけに静寂が聴こえる。
あの事故の日から6ヶ月、記憶喪失になってから4ヶ月。
きっと記憶戻ってるよね、ってみんなで話してから、
2週間。
おそらく記憶は戻ってるであろう彼と話すのは、緊張する。
どうして記憶喪失のフリするの、って聞けない。
今日もまた、彼は
取り繕うんだろうな。
「おはよう、」
「あ。あいばくんおはよう、」
この数ヶ月間のように、”あいばくん” なんて柔らかく呼ぶ。
彼は今、何を考えているんだろう。
「体調どう？」
「うん、大丈夫だよ」
「そう、よかった」
少しばかり、沈黙が流れる。
あぁ、なんだろうこの空気。
”前の潤” とも ”今の潤” とも、どちらも持っていなかった空気だ。
まるで今の彼が、また新しい彼だというような、そんな。
「ねぇ、今日も外行こっか」
「わ、行きたい。ふふ、ありがとう」
「ううん、気晴らしにね」
このまま、
ずるずると長引くんだろうか。
今、彼が後悔しているような
そんな様子が見えないから余計に怖い。
きっといつもなら、ごめんね、って謝って
もう思い出したよ、って言ってくれるはずなのに。
「ねぇあいばくん、」
「ん？」
「今日、みんな来る？忙しそう？」
「え……いや、来るんじゃないかな、たぶん」
「そっか、」
「…………聞きたいことでもあるの？」
突然の質問に驚く。
話を終えようとする彼に問えば、少しの間表情を変えず
数秒経ってから、ふ、といつものように微笑む。
「ううん、ふふ、来るかなって思っただけだよ」
彼の考えていることがわからない。
秘密を言いたくないわけではないと思う。
それは ”前の彼” を見ていればわかる。
まだ、俺らの知らない何かがあるのかな。
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作者名：ヲ伽
| 作成日時：2022年5月22日 18時
