是非に及ばず−現代鬼殺隊−【煉獄杏寿郎】

7. ピエロ ページ7

「こんばんは、お嬢さん。」



歪んだ笑いを浮かべたピエロが話しかけてきた。



私の身体は恐怖に固まり立ちすくむ。



昨日のピエロだ。



「なんで。…いるの？」



全身に汗が流れるような不気味さに口元が震える。



するとピエロは頬骨から顎にかけて長い深い溝をつくり、両側へグイッと吊るように笑った。



「なぜって、あなたが私を呼んだのですよ？」



私を見ながら面白そうにせせら笑う。



ピエロを呼んだ？私が？



「あなたの居場所はすぐに分かったよ、だって食欲をそそる匂いがそこら中に漂っているからね。」



そう言って、ピエロは手品師のように手首をくるんと回すと、その手に棒付きのキャンディーを差し出した。



「さあおいで。美味しいキャンディーをあげるよ。」



私は肩にかけていた鞄をぎゅっと握りしめ、黙って首をフルフルと横に振った。



一歩、二歩とゆっくり後退りする。



逃げきれるだろうか。



せめて武器になるものがあれば。



仕事中いつも腰に銃を携えているのだが、退庁している間は銃を持てない。



この事態をどう乗りきるか、頭をフル回転させた。



「あはは、肝の座ったお嬢さんだ。このわたしから逃げようと考えているのか。」



ピエロは私の考えなどお見通しだと言うように嘲笑う。



「言ったでしょ、あなたはもう囚われの身だって。」



ピエロは攻撃体勢をとると、獰猛な肉食獣のように俊敏な動きで私めがけて突進してきた。



私は身体を捻るとぎりぎりの所でそれを躱した。



早く、ここから逃げないと。



ほんの一瞬、瞬きする程の間の出来事。



首に強い衝撃が走り、「ぐっ」とうめき声が出た。



ピエロが私の首を片手で掴んだのだ。



私も抵抗しようとピエロの手首を掴むが岩のようにまったく動かず、肌は氷のように冷たかった。



「このまま首をへし折ってもいいが、それでは肉が美味しくならない。」



ピエロの冷たく光る目を見たとき、私はようやく補食されるのだと気づいた。



「人間の恐怖はねぇ、肉の旨味と変わるんだよ。絶望や恐れが上質な肉の脂となって口のなかでとろけるんだ。」



肉食動物が草食動物を狩るように、私を食べようとしているんだと分かった時、恐怖に青ざめ、手が震える。



ピエロが大きく口を開けた。



その口は耳まで裂けて、鋭い歯がびっしり生えている。



恐怖に震えるあまり目を背けてうつむいた、その時。



火の粉を纏った突風が目の前を駆け抜けた。

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