牡丹一華が2輪 ページ6
最近、自分はおかしいのではないか、と思う節がAにはあった。
誰かに甘えてしまうのかの様に二度寝をしてしまうことの他、料理を作る時に2人分作ってしまうこともある。逆に、今日は作ってくれるから作らなくて良いのか、今日はなんの料理かな。などと思い、部屋に着いてから、そんな訳ないじゃん。と首を捻ってコンビニへと行く……なんてこともあった。
しかし、精神科に行くのはどこか足が引けた。他人に話すのが、どこか躊躇われたのだ。
故に、同僚は愚か、友人にさえ相談することが出来なかった。
何度、自分は記憶を故意的に失わせてきたのだろう、と叶は1人部屋で嘲笑する。
Aと会った時も記憶を失い、自分が誰か、ここはどこだかがわかっていなかったが、きっと、あれが初めてではない。
その証拠に、黒猫の人形であるロトの中に入っている薬だけは、ラベルを見なくても、なんの薬か分かったし、使い方も、致死量も理解できたいた。
失われた記憶の取り戻し方はわからないーーあるいは忘れてしまっていたけれど、彼は、記憶を忘れる事においては自由自在だった。
それと、演技をすることにおいては。
何度も記憶を失い続けているうちに、体だけが覚えていたのだろう。
人に合わせて喜怒哀楽を操れば、人は簡単に親切にしてくれて、ちょっとした我儘は許してくれるのだ、と。
もしも脳がキャンバスだったら。
彼のキャンバスは、いつでも美しい白色に戻せることが出来た。
人混みの中で、誰かをいつも探している様な気がした。
気がする、ということは、実際にそうなのだろう。
だが、誰を探しているのだと言うのか。
この数週間、何かが、誰かが、自分の心を刺激していた。
二度寝をしてしまう時。
朝早くから家を出る時。
仕事帰りの時。
使われていない部屋の前の廊下を通る時。
テレビを見ている時。
お風呂に入る時。
髪の毛を乾かす時。
歯を磨く時。
寝る時。
こんな時、Aは、甘えてしまうし、忍足で廊下を進んでしまうし、今日は誰が料理当番だっけ、と考えてしまうし、物足りなさを感じてしまうし、寒いと感じてしまうし、音がないことに違和感を覚えてしまうし、1人で髪の毛を乾かす事がこんなにも大変だったのだと思い知らされるし、歯磨きブラシの数に首を傾げるし、何かに抱きしめてもらいたくて仕方がなくなる。
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作者名：ドリーム⭐︎トン | 作成日時：2022年8月1日 11時
