朝食の誘い(3) ページ16
「肩は」
「え？」
一人前の盆を近場の机にそっと置くと、カウンターの横に立っていた鬼道がぼそりと呟いた。
「肩が、何？」
目を合わせずにカウンターに戻り、また新たな盆を受け取る。ふわりと出来上がった朝食の香りを、顔面で受け取った。作っている最中とは違う、出来上がりの香りは格別である。
言葉に迷っている様子の鬼道は、悩ましげに組んでいた腕をゆるりと下ろすと、一息吐いて、かたことに続けた。
「肩は、痛んでいないか」
「痛んで……？…あ、あー……肩、ね」
ふたつめの盆を、ひとつめと同じ机に下ろすと、Aは思い出したように、自らの肩に触れた。先日の対面の時に、強く掴まれたあの部分だった。
「大丈夫だよ。特に支障はない」
気にしてたの？と、Aは眉を下げて微笑んだ。気にしなくてもいいのに、という意味を言外に含めながら。
すると、鬼道はより眉間の皺を深くした。心なしか、苦々しい感情も混じっているようだった。
「…すまない」
「謝らないで」
鬼道の言葉を、Aはぴしゃりとはねつけた。ふたりのやりとりをカウンター越しに、マネージャーたちが心配そうに見守っている。申し訳なさに、心が圧された。
はねつけられた言葉に、鬼道はぴくりと身体を揺らした。
「謝る必要はないんだよ。謝る義務はない。それはそれ、これはこれで割り切るべきことなの」
寧ろ、謝るべきではない。Aはそう鬼道の謝罪を拒絶した。それでいいのだと、鬼道を正当化させた。
カウンターには、盛り付けられた鮮やかな朝食が並べられている。机に運ばれるのを待ち焦がれているようだ。
「そんなことより鬼道、あなたも手伝って。そろそろ、皆も起き出す時間だろうし。食べ盛りだもの、美味しそうな匂いに誘われて起きてくれればいいのだけれど」
強制的に話題を切り替え、今までの無口さは何処へやら、饒舌にまくしたてる。鬼道は呆気にとられ、困り眉にうっすらと開きかけた口が塞がらなかった。何を言うのか迷っている。だが、言葉が出ない。
「…匂いを嗅いでるとさ、お腹空いてこない？」
Aはそんな鬼道を後押しするように、冗談めかして笑いかけた。匂いにつられて空腹が主張を始めていたのは事実で、やや照れくささも混じっての態度だった。しかしおそらく、鬼道の前では、一番自然に笑えたように思える。
そのまま鬼道の反応を待てば、たっぷり間を空けて、やや和らいだ表情と雰囲気で、一言。
「あなたは意外と、食い意地が張っているな」
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作者名：榛 | 作成日時：2016年7月11日 0時
