束の間の話 ページ11
2日後。
角間の熱い実況と共に、運命の選考試合が幕を開けようとしていた。
「カメラ、セット出来ましたよ。これで動画はバッチリ撮れると思います」
「そうか。ご苦労」
「…賑やか」
Aは、グラウンドから離れた校舎の階段の上、イナズマジャパンの新監督久遠と、その娘の冬花の横でカメラを操作していた。初めこそ響木が監督ではないことに驚いたが、響木が後を任せた人であるから、と自然に受け入れた。
冬花は大人しく、物静かな少女で、表情の変化も少なかった。だが、とても優しく、穏やかな子であることは、言わずと知れた。Aも会話に努める必要が無く、集中して試合に目を向けることができるため、冬花の隣で落ち着いた態度を崩さずにいられた。
「Aさんは、サッカー、好きですか？」
なんとなしに投げかけられた問いに、カメラの角度を微調整しつつ、ちらりと冬花を横目で見て答えた。
「好きだよ。困ったことに」
「どうして困るんですか？好きで悪いことなんてないのに」
「いや、好きになった理由が、ちょっと不純でね」
「？」
疑問符を浮かべる冬花に苦笑した。カメラの位置が安定したのを確認してから、太陽光で熱暴走を起こさないように、タオルをかける。そしてもう一度、カメラの撮影画面に問題が無いか確認して、録画ボタンを押した。
「わたしはね、サッカーを愛する人を愛したの。だから、ついでみたいに、サッカーも好きになった。あの人の愛するサッカーが、好きになった。なんて楽しいものなんだろう、なんて面白いものなんだろう、って」
ほら、不純でしょう？と、カメラの前から冬花の隣に移動しながら、気恥ずかしそうに、Aは笑った。
「ううん。素敵なことだと思います」
「そう？」
「はい。だって、好きな人の好きなものを好きになるって、本当にその人が好きじゃなきゃできないもの。そして、その人が好きなのと同じくらい、サッカーも好きになったってことですよね」
「まぁ……………、うん。そうだね……」
そうなのかもしれない。とAはグラウンドを見つめながら呟いた。
「試合、始まりますね」
「うん」
試合開始のホイッスルが、ピィッと鳴った。
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作者名：榛 | 作成日時：2016年7月11日 0時
