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「ねぇ、その中のペンと俺のハンコとって」
暫くの沈黙の後、二宮さんは私の横にある小さな箱を指差した。それを開けて中にあるハンコを取り出して手渡そうとした時、私の口が、勝手に動き出した。
『二宮さん、それ、書かなきゃダメですか』
「は？」
『こんなの、捨てましょうよ』
「お前、何言ってんの」
『だって、そんなの絶対おかしい』
「お前の言ってることのほうがおかしいけど」
『だって、滝下さんと』
「だってもなにもない。俺はそれにサインしなきゃいけないし、お前はその紙を持っていかなきゃいけない。そういう決まりなの。いいから、それ寄越せよ」
『いやです』
「はぁ！？」
『だって、
好きになったり、相手を想ったり、そういうことって、本当は絶対、他人が口出しするなんておかしいじゃないですか！！！私や、笹沢さんや、会社が我が物顔で、あれこれ言うなんて、そんな…』
二宮さんは、目を丸くして、ただ私を見ていた。
『私は、知ってます。二宮さんが、少し冷たく見られるけど、ホントは優しくて、あったかくて、何にでも真っ直ぐ向き合える人だって。ちゃんと、周りを見てる人だって。私なんかでさえ、きちんと向き合って、寄り添って、気持ちを考えてくれる人だって、知ってます。たまに、不器用だけど、それでも人を愛す、っ！』
二宮さんは、ゆっくり私に近づいてきて、
突然、きつく、でも優しく、私を抱き締めた。
「ふっ、ばーか。
お前、マネージャーならそういうこと言っちゃいけないんだよ」
『でも、』
「ほんと、優しすぎ。たまには俺のこともう少し商品としてみたほうがいいよ」
『そんな…無理です。二宮さんは人間ですよ』
「あんね、俺は、人間だけど、売り物なの。俺のことを買ってくれる人のために、俺は頑張らないといけないの。それで、Aさんは、そんな俺が売り物としてやっちゃいけないことをしないかどうか、ちゃんと見張ってなきゃいけないっていう立場なの」
『マネージャーは、そんな、血の通わない仕事じゃないです』
「そりゃそうだけど。たまにはね、血を通わせないような仕事もしなくちゃいけないよって、言ってるの俺は」
『…無理です』
「きゅうくんだって、まぁ、あの人もたまに俺に優しすぎるときはあったけど…ちゃんと叱ってくれる人だった」
黙り込んだ私をみて微笑んだ二宮さんは「もっかいちゃんと話そっか。南の話も含めて」と私からゆっくり離れて、私の頭をぽんっと撫でた。
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作成日時：2017年5月29日 15時
