22 頑張れ ページ22
真剣で、どこか寂しそうで、けれど、真っ直ぐに夢を見つめている。
零の表情は、今までとは全く異なる、“本物”だった。
『......いいんじゃない』
「？」
零の言葉にそう返せば、零は子供のようなあどけない表情で首を傾げる。
心底、訳がわからない、という顔だ。
端正な顔立ちとはアンバランスなそれに、私はふっと笑みをこぼしながら話をした。
『あんたの夢の話よ』
「......」
『誰がなんと言おうと、人生は自分のものだもの。あんたも私も人間で、短い生涯でやりたいことをたくさんしなきゃならない。
他人のためにわざわざ自分の時間を使ってあげる必要なんてないのよ。
普通の人に到達できないところまで行きたいなら、時間を無駄にしてないでもっと頑張りなさい』
「............」
私の言葉を聞いた零は黙りこくる。
赤い瞳は見たことがないくらい見開かれていて、素で本当に驚いている様子だった。
「もっと、頑張る...」
『そうよ。あんたは確かにすごいけど、あんたレベルなら他にも山ほどいるわ』
「...っは！ふははははっ！」
零が反復する言葉にそういえば、突然笑い出す。
「まだまだ」だなんて言ったから、壊れてしまったのだろうか？
どうしよう笑い止まない...と私が混乱していれば、ひとしきり笑って落ち着いたのか、零は涙を拭いながら私に向き直った。
そして、どこか吹っ切れたような、憑き物が落ちたようなすっきりとした笑顔で、零は笑う。
「俺に“もっと頑張れ”なんていうのは、お前くらいだ」
そう言った零の言葉には、既にさっきまでの寂しそうな雰囲気は残っていなかった。
＿＿＿まだ暖かい春の夜の風は、零の黒髪を後ろへと靡かせ、通り過ぎていく......。
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作者名：速川 薫 | 作成日時：2024年3月23日 12時
