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(不死川 side)
___アイツが…男を助け、女に礼を言われていた時
『アナタは将来…きっと良いお医者様になるわね。』
その言葉に…アイツが僅かに視線を落とし、
微笑を取り繕ったあの瞬間を、俺は見逃さなかった。
『将来』というその言葉に、アイツは何か悟ったかのような表情を浮かべ
『医者』という言葉に対しては…今はもう、為るつもりなど無いのにも関わらず
女に合わせ、軽快な口調で言葉を返していた。
そんなアイツの姿を目にし、胸が痛むと同時に
『___紫はもう、長くは生きられないかと思います。』
つい先日、病室の中で目が覚めた際
胡蝶に告げられたその言葉が…脳裏に浮かぶ。
『今は比較的、元気にしているかと思いますけど…きっとそれは一時的なものでしかなくて…、』
『仮に…不死川さんが飲んだ解毒薬を、あの子にちゃんと飲ませたとしても……全ての毒が分解出来るとは到底思えない…。』
胡蝶はそう告げた後、落としていた視線を此方へと向けたかと思えば
意志の強さが伺える、真っ直ぐなその瞳の中に俺の姿を捉え
『私はもう…覚悟を決めました。この先あの子が…どんな道を歩む事になっても、私は決して…紫を引き留めようだなんて真似はしません。』
『私はあの子の師ですから…彼女の選択を信じます。彼女の思いを…一番大事にしたい……。』
そう告げた後、胡蝶は俺の方へと静かに背を向けて
『だから…不死川さん、あなたも来るべき時に備えて…覚悟を決めて置いて下さいね。___』
決して振り向く事なく、その場を立ち去って行った。
「___ッ…、…」
胡蝶の話を思い出し、短く舌打ちをした後
「(…匡近…すまねェ…、)」
『粂野』と名が記された目の前の墓に、謝罪の言葉を投げ掛ける。
…アイツと別れた後、俺はふたたびこの場所へと戻り
ポツポツと小雨が降りしきる中、静かにその場へと腰を下ろす。
俺は…匡近に頼まれたあの約束を、引き継げなかった他
アイツが自らを犠牲にしてまで、剣を振るっていた事に気付けなかった。
それに加え…俺は、アイツから『匡近』という大事な存在までも奪ってしまい
「…、…_____」
雨が強まり、濡れた髪から雫が滴り落ちる中であっても
俺はその場から一歩も動く事が出来ず、
顔を伏せると同時に、下ろした拳を静かに握りしめた。
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作者名:雫 | 作成日時:2023年9月18日 10時