episode60 ページ14
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話がある、そう云ったくせに口籠もってそれ以降何一つ言葉を発さなくなった鏡花に、ひとつの店の名前を告げた。
『時間の無駄遣いはしたくない』
「……」
それだけで私の意図を察した鏡花は、踵を返して大通りの方へと足を向ける。相変わらず彼女の口から漏れる音は何もなかったが私は大人しく小さな背中の後をついて行った。
しばらく歩いて、洒落た外観の建物の前で鏡花の足が止まった。
そして、ゆっくりとした動作で入口を指差すので、どうやら彼女は道案内としての役割をしっかり果たしてくれたらしい。
樋口さんから聞いた、有名な菓子製造人の店。
戸を開けた瞬間鼻腔をくすぐる甘くてやさしい香りのする其処は如何にも年頃の娘が好きそうな空間だ。
いつまでも入口でもじもじとしている鏡花を視線で催促し、共に店内へと入る。洗練された給仕に案内され席に着き、よくわからない説明を受けて、適当に注文をして。
給仕が裏へ下がったタイミングで鏡花を見据えれば、彼女はやはり困惑したように視線を彷徨わせている。
それは、何をどう云ったら良いかわからない幼子のようで、言葉を鏡花なりに選んでいるように見えた。
姐さんあたりならゆっくりと彼女のタイミングを待つのだろうけれど生憎私はそのような優しさなんぞ持ち合わせていないので。
『云いたいことがあるなら早く云って。ハッキリしないのは嫌いなの』
齢14の少女には些か厳しい言葉なのかもしれないが、知ったこっちゃない。盛大な溜息も追加で添付して、丁度運ばれてきた西洋菓子を頬張る。成程、確かにこれは美味しい。
幾つか包んでもらってエリス嬢と樋口さん、銀あたりに差し入れでもしようか。
「……お礼を、云いたかった」
完全に思考が鏡花から外れた頃にポツリと呟かれたのは余りにも小さな声で予想外の言葉で。
思わず手を止めて鏡花に訝しげな視線を送れば、彼女は視線をこちらに向けて続きの言葉を口にする。
「…あの時、貴女が居なければ私は此処にいなかった。探偵社員にもなれなかった。だから、ありがとう…を、云いたくて」
『…勘違いしないで。私は与えられた任務を遂行しただけ。鏡花のことは申し訳ないけれど本当どうでもよかった』
「それでも、貴女が私を光の元へ導いてくれたことに変わりはない」
強い意志を灯した瞳が、私を射抜く。
どうしてこうも皆同じ事を言うのだろう。
向けられた視線は路地裏の時とは違い真っ直ぐで強くて。
それが、頗る気持ち悪かった。
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暁月臨(プロフ) - きなこもちさん» きなこもちさんのペースで頑張って下さい!! 気長に待ってます!!(*≧∀≦*) (6月21日 21時) (レス) id: 59dc159e7e (このIDを非表示/違反報告)
きなこもち(プロフ) - 暁月臨さん» 暁月臨さん嬉しいお言葉ありがとうございます、更新止まり気味ですがそう言ってもらえるととても励みになります!頑張りますm(_ _)m (6月21日 18時) (レス) id: 869b2e483e (このIDを非表示/違反報告)
暁月臨(プロフ) - この作品大好きです!更新よろしくお願いします!!頑張って下さい!!! (6月18日 23時) (レス) @page20 id: 59dc159e7e (このIDを非表示/違反報告)
ミミ(プロフ) - きなこもちさん» 了解しました! (2021年11月11日 12時) (レス) id: 3c71f1d526 (このIDを非表示/違反報告)
きなこもち(プロフ) - ミミさん» 私の端末が最近重くてボード開かないので、確認出来次第お返事します、すみませんm(_ _)m (2021年11月11日 0時) (レス) id: 8cb9599803 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きなこもち | 作成日時:2021年9月23日 20時