11.喧騒と静寂 ページ11
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大野さんは相変わらず落ち着いた薄っぺらい笑顔で
こちらを見つめている。
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その冷酷な眼差しに、狼狽は隠せない。
この場に相応しい言葉を頭の中からとっさに探す。
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「な…んのことです…」
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やっと口から出た言葉は
喉に詰まってうまく声にならずに消えた。
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智「俺見ちゃったんだよね〜…半年くらい前に、ホテルからAちゃんが男の人と出てくるところ」
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大野さんは灰皿の中からまだ使えそうな煙草に火をつけて
私の方を見て顔色一つ変えずにこう言った。
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智「翔くんは、知ってるよ。」
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驚きか焦燥か、身体とブラウスの間にじっとりとした汗が流れる
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智「なんでって顔してんね。」
大野さんは、私の僅かな顔色の変化も逃さない。
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智「俺、そこに行ってくれって翔くんに頼まれたんだよ」
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騒がしいはずの店内は、依然として静寂を保っていた。
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智「まさか、Aちゃんの働いてるカフェの店長とはね〜……この前Aちゃん迎えに行った時、やっとあん時の男の顔思い出せたよ〜笑…おまけに左手の薬指には結婚指輪まで笑…ねえ〜」
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大野さんは、ジョッキを呷りながら
独り言の様に続ける
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智「翔くん、苦しかっただろうね…寂しかっただろうね、一体… ……どんな気持ちで、どんな思いで、Aちゃんの隣にいたんだろうね？」
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この言葉が翔の気持ちを哀憐する言葉ではないことは、容易にわかる。
何か発しようとしても、唇が縫われたように固く閉じて声が出ない。
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智「でもさぁ…Aちゃん…」
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「翔くんは、死んだんだよ」
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大野さんは酷く消え入りそうに、でも私の鼓膜に刻むようにハッキリと言った。
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智「あんた、自分の事は微塵も疑わないんだ？」
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この一言で、ザワザワと賑やかな音を取り戻す店内。
店員を罵倒するサラリーマンの声。キッチンから聞こえる舌打ち。女子大生の裏事情。
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智「ほんじゃ今日はもう帰るわ。Aちゃん、またね」
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そう言って大野さんは、机の上に無造作にお札を置いて去って行った。
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気をつけてね、と言った大野さんの顔は
"恋人を無くした可哀想な彼女"に向けるにはあまりにも無慈悲で冷たかった。
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作者名：星雪 x他1人 | 作成日時：2020年5月8日 1時
