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今日は久々に肇とご飯でも食べに行こうかと思った。それで、できたら僕の現状について……まだ覚悟はできていないけど、噂が肇の耳に届いてるかわからないし、届く前に僕から説明するのが最善じゃないかと思ったから。
だから、楽屋から出た後に約束を取り付けようとしたのに、遠回しに断られた。それは社長と会った時、「母さんと用事があった」と嘘を吐かれた時にわかった。
肇は嘘を吐くと首を触る。社長に気を遣ったのか、と最初は思ったけど、僕が真っ先に浮かんだのは噂のこと。
そもそも"この後の予定がなかったら"の約束だった訳で。僕の噂がもう耳に届いていて、これ以上関わりたくないとか、軽蔑だとか……そういったものを感じたのではないかと思った。
その後も今日の彼はどことなく冷たくて。焦った僕は収録中にいつもの「お決まりのパターン」を無視してしまった。
ちょっと悔しかったからだ。食事の機会を社長に奪われたし、肇に捨てられたのに、収録中にそのことをネタにされて。だからちょっと困らせてやろうと思って。
だけどそれが更に不満を募らせたのか、収録後も急いで僕を避けるように出ていきそうだったから慌てて呼び止めた。
「肇、やっぱりごめん。俺、今日怒らせたよね。だから、ちょっと話さない……?少しでいいから。」
色んなことの言い訳をしたかった。枕営業の噂のこと、社長とのこと、収録中の意地悪のこと。
「いや、怒ってないよ。俺こそ気を遣わせてごめん。でも今日、マジで用事あったからもう帰るわ。」
また首を触った。本当に僕のことを嫌いになったのか、フェアビアンカは終わりなのか?
漠然とした不安を拭いきれないまま、肇を見送った。がくん、と。思わず膝をついたのを見たマネージャーが僕に寄る。
心配しないで、ごめん。と手で合図して、荷物をまとめる。この後の予定は、いつもの高級ホテルに向かうだけ。身支度を整えないといけないので、マネージャーに一度家に帰る車を出してもらった。
「肇さんと何かありましたか?」
「ううん、何も。肇もちょっと疲れてたのかもしれないです」
心配した声色のマネージャーをよそに、車から外の景色を見た。都会の街灯は眩しくて、煌びやかで。
「肇……」
道標を人に教えるそれは、彼を彷彿とさせて。
それに群がる鬱陶しい害虫は僕のようだった。
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作者名:Me | 作成日時:2021年9月23日 18時