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晴れやかに笑う彼女の顔を見て、正気になった。一宮さんの辞職を勝手に喜んでいて、そして世間知らずの俺には気付かなかった、いや気づけなかったこと。
彼女の財力云々の話ではない。一般論から見ても、再就職がいつになるか分からない状況で、このマンションに留まり続けると言う馬鹿は中々いないだろう。それに、彼女は以前再就職にはそれなりに苦労するだろうと見解を述べていた訳だ。
「えっと……つまりご退去されるってこと、ですか?」
「当たり前です。だからですよ、私の健康で文化的な最低限度の生活が危ぶまれます」
まるで何でもないように、カラッと話す彼女は、きっと何かが吹っ切れたんだと思った。あの会社を辞めて、きっと彼女の中で踏ん切りがついて、新しい環境に移ろうとしている。そんな彼女が、なんだか別人のようだった。
今思えば俺も、彼女がブラック会社に勤めていたからご飯を作ってあげる必要があり、たまに布団を干しておいてあげる必要があり、洗濯を回しておいてあげる必要があった。だから、これから変わっていく彼女に、俺はいらない。
「それではまた、短い期間ですけど残り居る間はよろしくしてください」と手を振りながら、軽快に扉の向こう側に消えた彼女に、呆気に取られながら手をふり返した。
それにしても、と玄関で首を傾げる。
生活能力皆無がステータスの一宮さんに、健康で文化的で最低限度の生活ができるとはとてもじゃないけど思えない。危ぶまれると言った彼女も自分のことをよくわかっていると思う。
俺の料理を「美味極まりないです」なんていいながら豪快に食べていた彼女は、いったいこれからどうしていくんだろう。
いつかの日のように、知らない人のところに乗り込んだりはしないだろうか。そんなことあったら、人が悪けりゃ犯罪になりかねない。いや流石に……一宮さんは人くらい選べると思いたいが、と考えをめぐらせた。これらは、彼女間の圧倒的な危機感の欠如に由来した。
そして五分後、また扉を開けた俺は、ため息をつきながら「……危機感の欠如です!」と小言を漏らす羽目になった。
なぜなら扉を開いた先には、お酒を何本も腕に抱えた一宮さんが、ニヤニヤしながら「辞職祝いしに来ました〜」とクタクタのジャージで立っていたからであった。
あまりにもご飯を作るのが恒例化しすぎて忘れていた。そうだ彼女は、清々しいほどに振り切れるタイプで、たまにこっちが驚くほど図々しい人だったのだと。
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まほろ(プロフ) - morさん» 気付くのが遅くなってしまいすみません…。沢山褒めていただいて、私もモチベーションが上がりました(笑)これからもどんどん西山さんと一宮さんが仲良くなっていくので、是非完結までお付き合いください! (2021年12月21日 7時) (レス) id: 0871b431d8 (このIDを非表示/違反報告)
mor(プロフ) - 文章を書くのが上手すぎます…!!あとラジオの相槌の感じ(あの、とかを入れるタイミングとか)が絶妙すぎてめちゃくちゃ感情移入できます!!こんなに面白い小説久しぶりに出会いました、これからも応援しております!! (2021年12月18日 1時) (レス) @page21 id: 06bc4acfa5 (このIDを非表示/違反報告)
まほろ(プロフ) - きゃらめるかも。さん» 素敵なコメントありがとうございます〜!これから長い長い物語になりますが、ぜひお付き合いくださいませ! (2021年12月15日 7時) (レス) @page9 id: 0871b431d8 (このIDを非表示/違反報告)
きゃらめるかも。 - めちゃめちゃ面白いです!!ゴキブリの話とか!笑、その発想はなかったのでビックリしました!これからも、お体に気をつけて頑張って下さい!😆 (2021年12月14日 14時) (レス) @page4 id: 242d71ebf1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まほろ | 作成日時:2021年12月14日 7時