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黙り込んだ一宮さんは、少ししてからクスクスと笑い出した。涙の跡が残る頬に皺を寄せて、笑った。
「久々に表情筋使いました」
「そうですか?」
突然笑い出した一宮さんに驚いていると、一宮さんはコップに残った飲み物を一気に飲み干して、それから「辞めませんよ」とまたにっこりとしながら言う。
「なんでですか」と目を合わせて聞くと、決して目を逸らさずに「転職がめんどくさいからです」と言われてしまった。もはや、清々しいほどのはっきりさ。
「自分がぶっ倒れたら元も子もないですよ」
「ええそうですね、でも私知ってるんですよ。人って案外死なないし丈夫なんです。流石、自然界を統べるだけあります」
「ソレ極論の話ですよね」
「生きているという事実だけでもう極論ではないですか?」
ああ言えばこう返されるというのが益々正しいか。一宮さんは本当に、僕が何を言っても言い返してくるくらい強情で、それでも僕は心配でたまらない。
不服そうな顔の僕に困り眉の一宮さんは、「西山さんの言ってることの方がきっと正しいんですよ」と呟いた。
「でもね、西山さん、あんまり社会人のこと知らないでしょ?」
「……まぁ」
「今は常に就職難、その上この時期は中途採用が活発な時期でもないですし、新卒の子の就職活動も下半期に入りますから決まり始めてます。タイミング的にも、年齢的にも、現実見たら転職厳しいんですよね」
涼しい顔で語る彼女に、社会人の波を知る。そうか、僕はあんなにも簡単に転職と言ったし、それに転職といってもそれ以上を考えていなかった。社会人にとっては転職とはつまり、人生の大変更なわけだ。ソレを瞬時に考えて、頭の中で回路として完成させて、僕を唸らせる彼女はきっと僕のように平和ボケはしていない。
何も言えなくなった僕を一宮さんは少しだけからかうように笑って、それから「私はあなたがどんな職業が知りませんし興味もないですけど、社会人って大変なんですよ」と僕のおでこにデコピンをした。
「なんで顔してるんですか、取引先に見せられませんよ」
「そんなひどい顔してます?」
「してますよ。ほんと、世界終わっちゃいそうな顔」
彼女は僕よりずっと、大人だと思った。
厳しい状況を受け入れ、自分を宥め、そして明日も生きていく。辛い苦しいと嘆きながら、根底にあるのはしつこいほどの生への執念。
かっこいい、と思った。
聳え立つ高すぎる壁に立ち向かう彼女を、かっこいいと思った。
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まほろ(プロフ) - morさん» 気付くのが遅くなってしまいすみません…。沢山褒めていただいて、私もモチベーションが上がりました(笑)これからもどんどん西山さんと一宮さんが仲良くなっていくので、是非完結までお付き合いください! (2021年12月21日 7時) (レス) id: 0871b431d8 (このIDを非表示/違反報告)
mor(プロフ) - 文章を書くのが上手すぎます…!!あとラジオの相槌の感じ(あの、とかを入れるタイミングとか)が絶妙すぎてめちゃくちゃ感情移入できます!!こんなに面白い小説久しぶりに出会いました、これからも応援しております!! (2021年12月18日 1時) (レス) @page21 id: 06bc4acfa5 (このIDを非表示/違反報告)
まほろ(プロフ) - きゃらめるかも。さん» 素敵なコメントありがとうございます〜!これから長い長い物語になりますが、ぜひお付き合いくださいませ! (2021年12月15日 7時) (レス) @page9 id: 0871b431d8 (このIDを非表示/違反報告)
きゃらめるかも。 - めちゃめちゃ面白いです!!ゴキブリの話とか!笑、その発想はなかったのでビックリしました!これからも、お体に気をつけて頑張って下さい!😆 (2021年12月14日 14時) (レス) @page4 id: 242d71ebf1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まほろ | 作成日時:2021年12月14日 7時