・ side s ページ18
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「仕事に対する価値観の違いってやつですかね。
よくある仕事か恋愛かなんて質問の答えが2人とも違ったってだけです。」
Aさんはそう言って、困ったように笑った。
だいぶ前の、俺の実家の件以降
2人の雰囲気が少しずつ噛み合わなくて、仕事から帰ると喧嘩をよくしていたらしい。
ピアスをしなくなったのも彼に対する当てつけのようなつもりだったそう。
そして昨日、別れる事を彼氏から告げられたとAさんは話した。
Aさんも、それを受け止めたらしい。
俺はというと、あれほど望んでいた状況なのに手放しに喜べずにいた。
それはきっと、Aさんが今無理して平静を保って、本当はすごく悲しいんじゃないかと思ってしまうから。
この、何年分の2人の関係を知っている。
「Aさんはそれでいいんですか?」
「しょうがないですよ。
何年も付き合ってたのにプロポーズも仕事で断っちゃってたし。」
「ああ、それは…」
俺も耳が痛いと言うか。
この仕事じゃなかったら結婚してたんだろうな。
でもAさんも、仕事に対して本当に真摯に向き合ってきたからこの答えが出たんだろう。
「俺、もっと頑張ります。
彼氏要らないくらい、忙しくさせちゃいます。」
「あ、言いましたね?」
それを聞くとAさんはとても嬉しそうに笑った。
俺も、Aさんに恋だの愛だの言う前に、もっと頑張って、認めてもらおう。
Aさんが忙しくて忙しくて、
前の彼氏のことを忘れるくらい、傷が癒えるように。
「はあ、本当おいしかった〜」
Aさんは幸せそうにお腹をさする。
ちゃんとしっかり割り勘で。
それでいいのだと思った。
彼女と俺に特別な関係を期待するのはまだ早い。
2人で店を出てタクシーを探すがなかなか空車のタクシーが現れない。
「タイミング、合わないですね」
そのAさんの一言が、
タクシーに対する言葉以外にも、聴こえた。
「あ、お酒飲みます?」
「千賀さん飲めないでしょー」
「ノンアルあるんで」
Aさん、やっぱり真っ直ぐ帰りたくない日だったようで。
近くにあるバーに移動する。
こんな時飲める男でスマートに誘えたらかっこいいんだけど、誘い方も大学生のようで苦笑い。
その後は、Aさんが泣きながら彼氏との思い出を語るわ、愚痴が出るわ出るわ。
付き合っていた時に俺が知るよしもない事をたくさん聞いた。
付き合っていた期間の長さを改めて実感したし
俺とAさんの一緒にいる期間の長さも実感した。
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作者名:soda | 作成日時:2020年6月12日 0時